09話<Extermination>

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 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)
 頭の中が真っ白になり、ただ一つの指令だけが俺の全てを支配する。
 他に何も考えられない。命令を聞かない機械のように完全にイカれちまったようだ。倒れている敵に、暗殺剣(あんさつけん)血染丸(ちぞめまる)を突き刺す、斬りつける、あらゆる部位を血霧(ちぎり)(まみ)れさせる!
「ク、ハッハハハハハハハハハハハハハハハッァァァァァアアアアアアアアアアッ!!」
 声になっているか分からない、獣のような咆哮。
「あーあ、壊れちゃった。あはっ、ははははははははッ!」
 狂乱する俺を眺めながら、亜由真(あゆま)は愉快そうに笑った。
 

 三時間前――


 クオリス――来栖川(くるすがわ)伊織(いおり)とのオフ会から数日後。学校に遅刻しては早退を繰り返し、日々を過ごしていた。欠席の日数は減ったが、授業を受けている時間は相変わらず短い。劉治に怒られることもしばしばあった。
 『The World』でも、たまにクオリスとパーティーを組んでレベル上げをしたりしていた。前よりも積極的になったクオリスに少したじろぎながらな。
 平穏っちゃ平穏で、血霧花≠開花させることも無かった。
 だが、クソ暑い太陽が盛んに顔出すようになった夏の初め。
「ハァーイ血霧花≠ウん。初めまして」
 悠久(ゆうきゅう)古都(こと)マク・アヌ。中央区と港区を繋ぐ川の上に作られたアーチ状の大橋で何をするでもなく空を眺めていると声を掛けられた。二つ名、、、の方で。
 小柄な少年の斬刀士(ブレイド)だ。俺より頭二つ分背の低いソイツは、長い髪をだらしなく垂らし、一房だけ結っている。頬にはバツマークのフェイスペイント。一瞬、コイツの特徴に聞き覚えがあったが、思い出せない。……気のせいか。
「なんだ、小僧。俺はテメェみたいなオコチャマと遊んでる暇はねェんだ。消えろ」
「空を眺めてるだけの人は暇人って言わないのかなぁ?」
「空眺めるの好きなンだよ。失せろ」
「そんな感慨深い人間じゃないでしょ?」
「最近目覚めたンだよ。さっさと――」

「君の首には懸賞金が掛けられているんだよ、血霧花≠ウん」

 不意に、コイツの纏っている空気が変わった。ビリビリと押し付けられるような殺気。口が裂けてニタリと笑い、目が光を失いギョロリと俺を(とら)える。周囲のプレイヤーは気付いていない。コイツが、見た目に反して恐ろしい奴だってことに……!
「おぉ、ちゃんと分かったね。久しぶりでしょ? こういう殺気を放たれるの。平和ボケするのもいいんだけどさ、それじゃあこっちが面白くないの」
「ナニモンだ、テメェ……!」
「ただの小僧だよ。血霧花≠ウんは二つ名を貰えるほど有名なPKだ。の、はずなのに……最近はPCをキルしていない。PKKに転向? それともPKは止めたのかなぁ?」
 俺は不気味な目を睨みつけながら答える。
「俺は自分の意思で殺すことを止めたんだ。そんなの、何の足しにもならねェって気付いたからな」
「ははっ、くだらないなぁ! 二つ名を貰った時点で、君には殺しをしてもらわなくちゃ。有名人には、周囲が望む展開で行動して貰わないとね!」
 なんだ、コイツ……。何を言っている? まるで、エンターテイメントの企画人のようだ。人は常に自分ではない不幸を求める。それが交通事故でも、殺人でも、医療ミスでも、テロだってそうだ。自分以外の何かが傷付くのに、安心を憶える。あぁ、自分じゃなくて良かったなと。コイツが言ってるのはつまりそういうことか?
 有名なPKにPCをキルしてもらう、それを見て楽しみ、(くだらないヨク)を満たす客が居るってことか。
「……なるほど、少しは分かった。だがな、そんなのカオティックPKで満足しとけ」
「いやぁ、ダメだよあれは。所詮システム側に従属(じゅうぞく)を誓ったPKだからね。笑っちゃうような条件でPKやってる連中なんて、商品にならない。僕が求めているのは、獰猛(どうもう)なる狼。首輪に繋がれた鎖さえも噛み千切る鋭い牙を宿した狼なんだよ」
「それで、俺が声かけられたッつーことか?」
 こういう役はハセヲに(ゆず)りたいもンだな。
「そう。……君みたいな闇を知る人なら聞いたことあるでしょ、非公式闘争会。通称、裏アリーナ」
 薄々感づいてはいたが、やはりそういうことか。
 裏アリーナ。懸賞金を掛けられたPCをバトルエリアに放ち、ソイツを殺すことができたらネットマネーだが賞金が出る。逆に、懸賞金を掛けられたPKが生き残ればソイツが賞金を手に入れる。
 簡単に言えば無差別バトルロワイヤルだ。弱者から消える。そういうゲーム(、、、)なんだ、裏アリーナは。
「自己紹介が遅れたね。僕は裏アリーナの設立者、亜由真(あゆま)という。改めてお願いする。いや、脅迫(、、)させて貰う。血霧花<鴻Xト。もう一度言うけど、君にはすでに懸賞金が掛かっている。まだ出所(クライアント)は明かせないけど、君を殺したら今までにない莫大なネットマネーが手に入る設定になっている。僕はその管理を任された。だから、君には裏アリーナに出てもらわなくちゃね。楽しみにしてる人がたくさんいるよ」
「嫌なこった。テメェらの娯楽(ゲーム)に付き合ってられっか」
 俺は(きびす)を返してそこから立ち去ろうとした。が、次の言葉に俺は激昂(げっこう)した。
「クオリスをキルするよ」
「!?」
 俺は振り返り、亜由真の胸倉を掴んだ。周りのPCが怪訝(けげん)な目で見てくる。そんなことはどうでもいい! コイツ、今何て言いやがった!?
「何がなんでも、君を参加させろと依頼人からの命令だ。君が拒むなら、クオリスをキルする。言っただろう? これは脅迫だってサッ!」
 クケケケケ、と声を()らして笑う亜由真の内に、隠されたドス黒い闇が見えた。そして同時に思った。あぁ、俺なんてまだまだ黒に遠い灰色だったんだと。上には上がいるとはよく言ったものだ。
「……俺が参加すれば、クオリスには絶対に手を出さないと約束しやがれ」
「ふぅん、まさか本当にクオリスの名前を出すだけで了解を得られるとは思わなかったよ。本当に君は血霧花≠ゥい?」
「あァ、そうだよ。お前らを血祭りに上げてヤッから覚悟しとけ」
「楽しみにしておくよ。それじゃ一時間後に【(シグマサーバー)咀嚼(そしゃく)する 狂犬の 晩餐(ばんさん)】で待ってるから。万全の体制で挑んでね。クケケケケ」
 締め上げようかと思った瞬間、亜由真の身体が消えた。チッ、どうやらログアウトしたらしい。大方、俺を狩るPKでも集めているのだろう。
 しかし、メンドクセェことになっちまったな。……で、何がメンドクセェって、フィクスに報告しなくちゃいけねェことだ。どんな顔されるか、想像しただけで動き気力が失せる。


「……今度は裏アリーナか。君はとことん厄介事に巻き込まれるね」
「俺だって好きでコノ立場にいるンじゃねェよ」
 【△流れ()む 紺碧(こんぺき)の 滝殿(たきどの)】いつもの応接間。俺はフィクスと向き合って、裏アリーナのことを話した。約束の時間まであと四十分だ。
「残念だけど、裏アリーナのことは僕にも分からない。裏アリーナは、数々のギルドを総合して作られた社会(、、)なんだ。知ってる人間なら関わろうとしないよ。無論、僕もね」
「フィクスが恐れるギルド社会か……。まァ貰ったフィールド、闘技場にしてるような連中だかンな。しかも、CC社は黙認(だんまり)か」
「賞金を掛けられた以上、彼らは執拗(しつよう)に君を追い続ける。面倒なら今のうちに片付けるほうが賢いよ。どんな結果でも、ね」
 確かに、後々面倒なことになるならここで――どんな結果になろうが終わらせたほうがいい。
「けどなァ。どんな結果でも≠カゃダメなんだよ。勝つ。関係ねェ奴を巻き込むわけには――」
 そこまで自分で言って、何か変だと思った。
 頭ン中を蟲が這いずり回ってるような違和感。吐き気とイライラが、限界まで溜められてるようだ。
 俺は何言ってンだ? 誰も巻き込まないタメに戦うだァ? 犠牲が嫌だと、俺は本当にそう思ってるのか?
 
 ――久しぶりでしょ? こういう殺気を放たれるの。平和ボケするのもいいんだけどさ、それじゃあこっちが面白くないの。
 
 ――ははっ、くだらないなぁ! 二つ名を貰った時点で、君には殺しをしてもらわなくちゃ。有名人には、周囲が望む展開で行動して貰わないとね!

 脳髄(のうずい)を溶かしてしまうような悪意への誘惑。亜由真の言葉が頭ン中で再生され続ける。
「……いや、なんでもねぇ。とにかく亜由真の集めたPKと依頼人とやらをブッ殺して終わらせてくる」
 亜由真の絶望した顔見ればイライラも収まるだろ。
「油断しないでねロスト。相手は【ケストレル】に匹敵するレベルのPKを集めてるはずだ。もしかしたら、死の恐怖≠ェ生まれた日の再来になるかもね」
「PK百人斬りか? ハッ、まさかそんなに集まるわけねェだろうが」


 だが俺の余裕も【(シグマサーバー)咀嚼する 狂犬の 晩餐】に転送した瞬間に、緊張に変わった。
 闘技場の入口に転送された俺は、まるで東京ドームのバッターボックスにいるようだった。そしてその反対側には烏合(うごう)(しゅう)職業(ジョブ)バラバラ、陣形もバラバラ。本当に暇だから来てやったというようなPKばっかりだ。……しかし、視認できるだけで軽く六十人はいる。その奥に控えているPKも合わせたら、本当に百人を超えそうだ。
『来たね血霧花=I それじゃあ準備が出来たら始めようか』
 闘技場の、全体を見渡せる位置に石版が浮かんでいた。そこに亜由真と、依頼者らしき人物が王座に腰掛けていた。……高見の見物ってワケか。闘技場には数箇所スクリーンが設置してあった。あれでLIVE中継してるんだろう。全国ネットの殺し合いだ。
 さらに亜由真は口調を変えて圧力を掛けながら言った。
『……おいお前ら。その人数で血霧花≠スった一人に負けたら、どうなるか分かってるよね?』
 烏合の衆がどよめき始めた。裏アリーナで負けることのリスクを今更思い知ったのだろう。重圧に耐えられなくなった撃剣士(ブランディッシュ)が地鳴りを響かせながら俺に向かって突っ込んできた!
 俺は銃剣を展開。アーツ【雷光閃弾(らいこうせんだん)】を発動した。
「ゴングはまだ鳴ってねェだろ。テメェは退場だ」
 【雷光閃弾(らいこうせんだん)】は撃剣士の額と胸を撃ち抜き、爆発した。
 それが試合開始のゴングとなった。

 敵集団の銃戦士(スチームガンナー)が一斉にスキルを放ってくる。銃弾の嵐を、闘技場を迂回するように走って回避した。まず敵の遠距離攻撃という手段を潰さなくてはならない。と、なると。
「まずは、統率を崩す!」
 元々手探りで集めたような連中だ。最初から団結力なんてあるわけがない!
 アーツ【烈球繰弾(れっきゅうそうだん)】を発動。敵集団の真上を狙ってブッ放す! 上空へ散弾が飛び、集団目掛けて落下した。爆発は土煙を巻きながら、奴らの視界を塞いだ。それと同時に通常弾を土煙に撃ちまくる。視認はできないが、あれで何人かキルされてれば都合がいい。
 突如。土煙は竜巻に()き消され、晴れた視界に映ったのは敵から放たれた【オルリウクルズ】や【オルレイザス】! ほとんど反射的に誰も居ない客席に飛ぶと、二匹の水龍と閃光弾が一瞬前まで俺が居た場所を貫いた。なんとか回避できたが、客席に着地した瞬間に【レイザス】の嵐だ。
 くそっ、魔導士(ウォーロック)もあんなに居るのか。ざっと数えて二十人。銃戦士もまだ十数人か残っている。しかも間の悪いことに、双剣士(ツインソード)剣刀士(ブレイド)、撃剣士に重槍士(パルチザン)拳術士(グラップラー)鎌闘士(フリッカー)が間合いを詰めてきている。
 とにかく前衛で七十人ぐらいか!?
 金に目が眩むと、自然と協力意識みたいなのが芽生えるのか。俺の動きを封じて、前衛の接近を促すように銃弾が飛んでくる。ちっ、頭使うのは得意じゃないんだが。似合わないことでもやってみるか。
 俺は闘技場を駆け回り、通常弾を連射しながら敵の前衛を威嚇していく。ただ撃つだけじゃなく、前衛の右翼と左翼を狙って。すると、単純なのか徐々に真ん中に集まってきた。
 バカめ! 俺は立ち止まった。銃弾を浴びながらも、アーツ発動に備える。こんなもん大したダメージじゃない。ここで一気に潰してやる!
「吹っ飛びやがれクソ野郎共ォォォオオオオッ!」
 Lv3アーツ【塵球至煉弾(じんきゅうしれんだん)】を、前衛の上空に放った。何人か驚き、飛び退()こうとしたがもう遅い! 中心の目標を目掛けて放たれた散弾は着弾すると大範囲で爆発した。様々な職業(ジョブ)の敵が散り散りに吹っ飛んで行くのは傑作だ。
 暗殺剣・血染丸を抜いた俺は久しぶりに血霧花≠開花させた。

 やはり――戻ることはできない。

 俺は殺しを楽しんでいた。弱者の集団が、俺に(かな)うはずがないと当たり前のように思っている。
 絶対に、皆殺しにするまで俺は死なねェぞ! 一人残らず、血霧に(まみ)れさせてやる!
 【塵球至煉弾(じんきゅうしれんだん)】を喰らっても生き残っていた連中に向けて、俺は吶喊(とっかん)した。
「――ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
 客席からフィールドに戻った俺はまず、地に伏せて(うめ)いていた双剣士の背中を切り裂いた。血霧(ちぎり)が噴き出る血のように空中に霧散(むさん)する。その双剣士の死体を迫ってきた撃剣士に投げつける。死体に覆いかぶされるようになった撃剣士の首に血染丸を突き立てた。
 次に捉えたのは呪紋士(ハーヴェスト)の集団。回復を行おうと杖を(かざ)している瞬間だった。俺は中心に居た呪紋士に狙いをつけて、アーツ【夜叉車(やしゃぐるま)】を発動。狙いまで一気に駆けて、抜刀からの斬り上げで回転しながら集団を血霧に塗れさせ、殺した。
 瞬間、衝撃。鎌闘士のアーツ【蒼天大車輪(そうてんだいしゃりん)】を喰らって俺は闘技場の壁に叩きつけられた。ダメージは大したこと無いが、よりにもよって背後は客席のない塗壁(ぬりかべ)。これでは後退して避けることができない。
 俺にアーツを叩きつけた鎌闘士は、どこかで見たことがあった。
「よぉ、ロスト。随分あっさり喰らったな。実は運だけで勝ち残ってきたか?」
 不気味な笑みを浮かべたその男。あぁ、その汚い面でハッキリ思い出した。クオリスが解散させたギルド【PaGu(パグ)】に居たチンピラみたいな奴だ。よく見ると俺を囲んでいるのは全員【PaGu】に居たPCだ。
「ハッ! お前ら、ヒーローから悪に成り下がったのか? ソイツは傑作だ! テメェらみたいな小物は最初ッからザコ敵集団って決まってんだよ!」
 俺はここぞとばかりに罵倒(ばとう)しまくる。だが、チンピラ達は激昂することなく俺を睨んでいる。
「……悪で何が悪い。俺達はなロスト、子守に飽きたんだよ!」
「あン?」
「クオリスが【PaGu】を解散してくれたのは正直ありがたかったぜ。自分達の力を存分に振るえないギルドなんて、居るだけムダだからな!」
 (まぶた)の裏に、寂しい表情でベッドに横たわる男を見つめる来栖川(くるすがわ)伊織(いおり)が浮かんだ。
「お前とクオリスが仲良くしてんのは知ってたからな。解散を促してくれたお礼もあったし、今回の裏アリーナに参加した。久しぶりに全力を出せるってな!」
 宗像傑(むなかたすぐる)と【PaGu】を結成した話を、嬉しそうに語る来栖川。どんな思いで【PaGu】を解散したかお前らは知ってるのか?

「亜由真に言ってやったさ。クオリスの名前を使えばロストは必ず来るってよ!」

 ゴギンッ、と。犬歯を砕く勢いで歯を食いしばった俺は、闘技場に響き渡る大声で咆哮(ほうこう)した。
「いい加減にしろよチンピラ共がッ!」
 チンピラ達が数歩、後ずさりする。竜の逆鱗(げきりん)に触れてしまったことに、今更気付いたようだ。そうだ、俺は怒っている。
 来栖川伊織が流した涙の意味を知っているから。あいつが守りたかったものを知っているから。あいつが消えようとした理由を知っているから。
 あいつが、取り戻したいものを知ってるから。
「おい、言い事教えてやるよ」
 俺は残酷なPK血霧花≠ニしての役割を果たす
「ッ!? ()れっテメェら!」
 俺の殺気に気付いたのか、鎌闘士の発言で俺を取り囲んでいる連中が武器を構えアーツを発動させた。鎌闘士が、斬刀士が、撃剣士が、拳術士が、双剣士が、一斉に俺に殺意を向けた。が、やはりコイツらはバカだ。
 決断するのが遅い。
「獲物を前にしてのお喋りは三流のすることだぜ」
 切り刻まれるその瞬間。

 武獣覚醒!

 闘技場が赤黒い世界に包まれる。俺はその黒炎を肉体に纏う。この世界でただ一人、自由を約束された拘束具(、、、)だ。
 俺以外の全ての動きが、スローモーションになる。俺は何も闇雲に攻撃をしていたワケじゃない。闘技場という広大なバトルフィールドを有効に利用して、攻撃を重ねた。最初に放った攻撃からスキルの発動を合わせ、コンボ失敗ゼロ。覚醒の発動にまで至った。
 それともう一つ。全ての敵はアーツを発動した。となると次の発動までにはアーツの再使用待機時間を終わらせなくてはならない。その時間が命取り。
 誰も俺を止める手立てを持っていない。ほんの一瞬の判断が、全てを決定した。
「終わりだッ!」
 迫るアーツに対して俺は、Lv3アーツ【閻魔大車輪(えんまだいしゃりん)】を発動。素早く剣を巻き上げ、全ての敵を空に斬り上げる。さらに、無数に描かれた円陣の斬撃が容赦なく敵を斬りつけた。
 覚醒が終わると同時。悲鳴を上げる間もなく、敵は地に突っ伏した。情けなく地に()(つくばる)る連中を、俺は(さげすんだ)んだ目で見つめ――――、

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 頭の中が真っ白になり、ただ一つの指令だけが俺の全てを支配する。
 他に何も考えられない。命令を聞かない機械のように完全にイカれちまったようだ。倒れている敵に、暗殺剣(あんさつけん)血染丸(ちぞめまる)を突き刺す、斬りつける、あらゆる部位を血霧(ちぎり)(まみ)れさせる!
「ク、ハッハハハハハハハハハハハハハハハッァァァァァアアアアアアアアアアッ!!」
 声になっているか分からない、獣のような咆哮。
「あーあ、壊れちゃった。あはっ、ははははははははッ!」
 狂乱する俺を眺めながら、亜由真(あゆま)は愉快そうに笑った。

 俺が意識を繋げた頃には、悲惨(ひさん)な光景だけが広がっていた。土煙と血霧に汚された灰色の死体がゴロゴロとゴミのように転がっている。もう戦闘可能なPKは居ないようだ。俺は血染丸を収めた。
「ワールシュタットの戦い――戦死者の地を彷彿(ほうふつ)させるね」
 頭上から亜由真の愉快な声が聞こえたと思ったら、次は怒鳴り声が聞こえてきた。
「どういうことだ亜由真!? 確実に血霧花≠倒せるんじゃなかったのか!」
「確実とは言ってないなぁ。そんなに文句言うなら、自分で行けば?」
 突如、目の前に慌てふためいた撃剣士が転送されてきた。そいつはイケ好かない商人(あきんど)の格好をしていた。何だ? 見るだけで吐き気するような覚えがある。でも、…………誰だったか。
「お前も自殺志願者か?」
「ォォオオ!? ロストッ!? お、俺を覚えていないのか!?」
 そいつのうろたえっぷりとツバを飛ばしながら汚く喋るのを見て「あぁ」と思い出した。
「お前。クダラナイ情報屋のルーズ、だったな。……なぁるほど、合点がいったぜ。あン時の報酬全額つぎ込んで俺を殺そうと思ったわけか」
「わ、わわわ悪いかっ! お前のせいで俺は信用を失ったんだ! もう情報屋としてはやってけねぇんだよぉ!」
 悲痛な叫び。だが、くだらない。それがどうしたんだ?
「あのなオッサン。いい加減ゲームなんて卒業してリアルの仕事にでも就くんだな。それが出来ねェなら腕磨いて自分で掛かって来い。んじゃそういうことで」
「待っ――」
 静止も聞かずに血染丸を振り上げた。


「お帰り。どうだった、裏アリーナは?」
「ん、特に何も」
 フィクスのギルドエリア【△流れ()む 紺碧(こんぺき)の 滝殿(たきどの)】に帰還した俺はいつも通り応接間にいた。
 結局亜由真には逃げられてしまったし、手に入ったネットマネーだって俺をダシにしてルーズが手に入れたもんだし。複雑だぜ、チクショウが。
「ま、不服だが裏アリーナのおかげで一つ決心できたけどな。……笑うなよ?」
「いいよ、言ってごらん」
「ギルド作るぜ。この金持ってても邪魔だし。それに、面白そうじゃねェか」
 含み笑いをしながらフィクスは親指を立てた。まぁ笑うなっていうほうがムリなのかもしんねェけどよ。
 ギルドの名前は、まぁ追々考えていくさ。
 目的なら――決まってる。
 殺しを殺すギルドっていう名目で、PKKをしていくつもりだ。
 そしていつか亜由真をブッ殺す。これ、確定事項な。

 目的を手にした俺は、いつもよりか気分のいい疲労感に浸っていたかった。


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