【 09話<Extermination> 】
頭の中が真っ白になり、ただ一つの指令だけが俺の全てを支配する。 他に何も考えられない。命令を聞かない機械のように完全にイカれちまったようだ。倒れている敵に、 「ク、ハッハハハハハハハハハハハハハハハッァァァァァアアアアアアアアアアッ!!」 声になっているか分からない、獣のような咆哮。 「あーあ、壊れちゃった。あはっ、ははははははははッ!」 狂乱する俺を眺めながら、 三時間前―― クオリス―― 『The World』でも、たまにクオリスとパーティーを組んでレベル上げをしたりしていた。前よりも積極的になったクオリスに少したじろぎながらな。 平穏っちゃ平穏で、血霧花≠開花させることも無かった。 だが、クソ暑い太陽が盛んに顔出すようになった夏の初め。 「ハァーイ血霧花≠ウん。初めまして」 小柄な少年の 「なんだ、小僧。俺はテメェみたいなオコチャマと遊んでる暇はねェんだ。消えろ」 「空を眺めてるだけの人は暇人って言わないのかなぁ?」 「空眺めるの好きなンだよ。失せろ」 「そんな感慨深い人間じゃないでしょ?」 「最近目覚めたンだよ。さっさと――」 「君の首には懸賞金が掛けられているんだよ、血霧花≠ウん」 不意に、コイツの纏っている空気が変わった。ビリビリと押し付けられるような殺気。口が裂けてニタリと笑い、目が光を失いギョロリと俺を 「おぉ、ちゃんと分かったね。久しぶりでしょ? こういう殺気を放たれるの。平和ボケするのもいいんだけどさ、それじゃあこっちが面白くないの」 「ナニモンだ、テメェ……!」 「ただの小僧だよ。血霧花≠ウんは二つ名を貰えるほど有名なPKだ。の、はずなのに……最近はPCをキルしていない。PKKに転向? それともPKは止めたのかなぁ?」 俺は不気味な目を睨みつけながら答える。 「俺は自分の意思で殺すことを止めたんだ。そんなの、何の足しにもならねェって気付いたからな」 「ははっ、くだらないなぁ! 二つ名を貰った時点で、君には殺しをしてもらわなくちゃ。有名人には、周囲が望む展開で行動して貰わないとね!」 なんだ、コイツ……。何を言っている? まるで、エンターテイメントの企画人のようだ。人は常に自分ではない不幸を求める。それが交通事故でも、殺人でも、医療ミスでも、テロだってそうだ。自分以外の何かが傷付くのに、安心を憶える。あぁ、自分じゃなくて良かったなと。コイツが言ってるのはつまりそういうことか? 有名なPKにPCをキルしてもらう、それを見て楽しみ、 「……なるほど、少しは分かった。だがな、そんなのカオティックPKで満足しとけ」 「いやぁ、ダメだよあれは。所詮システム側に 「それで、俺が声かけられたッつーことか?」 こういう役はハセヲに 「そう。……君みたいな闇を知る人なら聞いたことあるでしょ、非公式闘争会。通称、裏アリーナ」 薄々感づいてはいたが、やはりそういうことか。 裏アリーナ。懸賞金を掛けられたPCをバトルエリアに放ち、ソイツを殺すことができたらネットマネーだが賞金が出る。逆に、懸賞金を掛けられたPKが生き残ればソイツが賞金を手に入れる。 簡単に言えば無差別バトルロワイヤルだ。弱者から消える。そういう 「自己紹介が遅れたね。僕は裏アリーナの設立者、 「嫌なこった。テメェらの 俺は 「クオリスをキルするよ」 「!?」 俺は振り返り、亜由真の胸倉を掴んだ。周りのPCが 「何がなんでも、君を参加させろと依頼人からの命令だ。君が拒むなら、クオリスをキルする。言っただろう? これは脅迫だってサッ!」 クケケケケ、と声を 「……俺が参加すれば、クオリスには絶対に手を出さないと約束しやがれ」 「ふぅん、まさか本当にクオリスの名前を出すだけで了解を得られるとは思わなかったよ。本当に君は血霧花≠ゥい?」 「あァ、そうだよ。お前らを血祭りに上げてヤッから覚悟しとけ」 「楽しみにしておくよ。それじゃ一時間後に【 締め上げようかと思った瞬間、亜由真の身体が消えた。チッ、どうやらログアウトしたらしい。大方、俺を狩るPKでも集めているのだろう。 しかし、メンドクセェことになっちまったな。……で、何がメンドクセェって、フィクスに報告しなくちゃいけねェことだ。どんな顔されるか、想像しただけで動き気力が失せる。 「……今度は裏アリーナか。君はとことん厄介事に巻き込まれるね」 「俺だって好きでコノ立場にいるンじゃねェよ」 【△流れ 「残念だけど、裏アリーナのことは僕にも分からない。裏アリーナは、数々のギルドを総合して作られた 「フィクスが恐れるギルド社会か……。まァ貰ったフィールド、闘技場にしてるような連中だかンな。しかも、CC社は 「賞金を掛けられた以上、彼らは 確かに、後々面倒なことになるならここで――どんな結果になろうが終わらせたほうがいい。 「けどなァ。どんな結果でも≠カゃダメなんだよ。勝つ。関係ねェ奴を巻き込むわけには――」 そこまで自分で言って、何か変だと思った。 頭ン中を蟲が這いずり回ってるような違和感。吐き気とイライラが、限界まで溜められてるようだ。 俺は何言ってンだ? 誰も巻き込まないタメに戦うだァ? 犠牲が嫌だと、俺は本当にそう思ってるのか? ――久しぶりでしょ? こういう殺気を放たれるの。平和ボケするのもいいんだけどさ、それじゃあこっちが面白くないの。 ――ははっ、くだらないなぁ! 二つ名を貰った時点で、君には殺しをしてもらわなくちゃ。有名人には、周囲が望む展開で行動して貰わないとね! 「……いや、なんでもねぇ。とにかく亜由真の集めたPKと依頼人とやらをブッ殺して終わらせてくる」 亜由真の絶望した顔見ればイライラも収まるだろ。 「油断しないでねロスト。相手は【ケストレル】に匹敵するレベルのPKを集めてるはずだ。もしかしたら、死の恐怖≠ェ生まれた日の再来になるかもね」 「PK百人斬りか? ハッ、まさかそんなに集まるわけねェだろうが」 だが俺の余裕も【 闘技場の入口に転送された俺は、まるで東京ドームのバッターボックスにいるようだった。そしてその反対側には 『来たね血霧花=I それじゃあ準備が出来たら始めようか』 闘技場の、全体を見渡せる位置に石版が浮かんでいた。そこに亜由真と、依頼者らしき人物が王座に腰掛けていた。……高見の見物ってワケか。闘技場には数箇所スクリーンが設置してあった。あれでLIVE中継してるんだろう。全国ネットの殺し合いだ。 さらに亜由真は口調を変えて圧力を掛けながら言った。 『……おいお前ら。その人数で血霧花≠スった一人に負けたら、どうなるか分かってるよね?』 烏合の衆がどよめき始めた。裏アリーナで負けることのリスクを今更思い知ったのだろう。重圧に耐えられなくなった 俺は銃剣を展開。アーツ【 「ゴングはまだ鳴ってねェだろ。テメェは退場だ」 【 それが試合開始のゴングとなった。 敵集団の 「まずは、統率を崩す!」 元々手探りで集めたような連中だ。最初から団結力なんてあるわけがない! アーツ【 突如。土煙は竜巻に くそっ、 とにかく前衛で七十人ぐらいか!? 金に目が眩むと、自然と協力意識みたいなのが芽生えるのか。俺の動きを封じて、前衛の接近を促すように銃弾が飛んでくる。ちっ、頭使うのは得意じゃないんだが。似合わないことでもやってみるか。 俺は闘技場を駆け回り、通常弾を連射しながら敵の前衛を威嚇していく。ただ撃つだけじゃなく、前衛の右翼と左翼を狙って。すると、単純なのか徐々に真ん中に集まってきた。 バカめ! 俺は立ち止まった。銃弾を浴びながらも、アーツ発動に備える。こんなもん大したダメージじゃない。ここで一気に潰してやる! 「吹っ飛びやがれクソ野郎共ォォォオオオオッ!」 Lv3アーツ【 暗殺剣・血染丸を抜いた俺は久しぶりに血霧花≠開花させた。 やはり――戻ることはできない。 俺は殺しを楽しんでいた。弱者の集団が、俺に 絶対に、皆殺しにするまで俺は死なねェぞ! 一人残らず、血霧に 【 「――ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」 客席からフィールドに戻った俺はまず、地に伏せて 次に捉えたのは 瞬間、衝撃。鎌闘士のアーツ【 俺にアーツを叩きつけた鎌闘士は、どこかで見たことがあった。 「よぉ、ロスト。随分あっさり喰らったな。実は運だけで勝ち残ってきたか?」 不気味な笑みを浮かべたその男。あぁ、その汚い面でハッキリ思い出した。クオリスが解散させたギルド【 「ハッ! お前ら、ヒーローから悪に成り下がったのか? ソイツは傑作だ! テメェらみたいな小物は最初ッからザコ敵集団って決まってんだよ!」 俺はここぞとばかりに 「……悪で何が悪い。俺達はなロスト、子守に飽きたんだよ!」 「あン?」 「クオリスが【PaGu】を解散してくれたのは正直ありがたかったぜ。自分達の力を存分に振るえないギルドなんて、居るだけムダだからな!」 「お前とクオリスが仲良くしてんのは知ってたからな。解散を促してくれたお礼もあったし、今回の裏アリーナに参加した。久しぶりに全力を出せるってな!」 「亜由真に言ってやったさ。クオリスの名前を使えばロストは必ず来るってよ!」 ゴギンッ、と。犬歯を砕く勢いで歯を食いしばった俺は、闘技場に響き渡る大声で 「いい加減にしろよチンピラ共がッ!」 チンピラ達が数歩、後ずさりする。竜の 来栖川伊織が流した涙の意味を知っているから。あいつが守りたかったものを知っているから。あいつが消えようとした理由を知っているから。 あいつが、取り戻したいものを知ってるから。 「おい、言い事教えてやるよ」 俺は残酷なPK血霧花≠ニしての役割を果たす 「ッ!? 俺の殺気に気付いたのか、鎌闘士の発言で俺を取り囲んでいる連中が武器を構えアーツを発動させた。鎌闘士が、斬刀士が、撃剣士が、拳術士が、双剣士が、一斉に俺に殺意を向けた。が、やはりコイツらはバカだ。 決断するのが遅い。 「獲物を前にしてのお喋りは三流のすることだぜ」 切り刻まれるその瞬間。 武獣覚醒! 闘技場が赤黒い世界に包まれる。俺はその黒炎を肉体に纏う。この世界でただ一人、自由を約束された 俺以外の全ての動きが、スローモーションになる。俺は何も闇雲に攻撃をしていたワケじゃない。闘技場という広大なバトルフィールドを有効に利用して、攻撃を重ねた。最初に放った攻撃からスキルの発動を合わせ、コンボ失敗ゼロ。覚醒の発動にまで至った。 それともう一つ。全ての敵はアーツを発動した。となると次の発動までにはアーツの再使用待機時間を終わらせなくてはならない。その時間が命取り。 誰も俺を止める手立てを持っていない。ほんの一瞬の判断が、全てを決定した。 「終わりだッ!」 迫るアーツに対して俺は、Lv3アーツ【 覚醒が終わると同時。悲鳴を上げる間もなく、敵は地に突っ伏した。情けなく地に 頭の中が真っ白になり、ただ一つの指令だけが俺の全てを支配する。 他に何も考えられない。命令を聞かない機械のように完全にイカれちまったようだ。倒れている敵に、 「ク、ハッハハハハハハハハハハハハハハハッァァァァァアアアアアアアアアアッ!!」 声になっているか分からない、獣のような咆哮。 「あーあ、壊れちゃった。あはっ、ははははははははッ!」 狂乱する俺を眺めながら、 俺が意識を繋げた頃には、 「ワールシュタットの戦い――戦死者の地を 頭上から亜由真の愉快な声が聞こえたと思ったら、次は怒鳴り声が聞こえてきた。 「どういうことだ亜由真!? 確実に血霧花≠倒せるんじゃなかったのか!」 「確実とは言ってないなぁ。そんなに文句言うなら、自分で行けば?」 突如、目の前に慌てふためいた撃剣士が転送されてきた。そいつはイケ好かない 「お前も自殺志願者か?」 「ォォオオ!? ロストッ!? お、俺を覚えていないのか!?」 そいつのうろたえっぷりとツバを飛ばしながら汚く喋るのを見て「あぁ」と思い出した。 「お前。クダラナイ情報屋のルーズ、だったな。……なぁるほど、合点がいったぜ。あン時の報酬全額つぎ込んで俺を殺そうと思ったわけか」 「わ、わわわ悪いかっ! お前のせいで俺は信用を失ったんだ! もう情報屋としてはやってけねぇんだよぉ!」 悲痛な叫び。だが、くだらない。それがどうしたんだ? 「あのなオッサン。いい加減ゲームなんて卒業してリアルの仕事にでも就くんだな。それが出来ねェなら腕磨いて自分で掛かって来い。んじゃそういうことで」 「待っ――」 静止も聞かずに血染丸を振り上げた。 「お帰り。どうだった、裏アリーナは?」 「ん、特に何も」 フィクスのギルドエリア【△流れ 結局亜由真には逃げられてしまったし、手に入ったネットマネーだって俺をダシにしてルーズが手に入れたもんだし。複雑だぜ、チクショウが。 「ま、不服だが裏アリーナのおかげで一つ決心できたけどな。……笑うなよ?」 「いいよ、言ってごらん」 「ギルド作るぜ。この金持ってても邪魔だし。それに、面白そうじゃねェか」 含み笑いをしながらフィクスは親指を立てた。まぁ笑うなっていうほうがムリなのかもしんねェけどよ。 ギルドの名前は、まぁ追々考えていくさ。 目的なら――決まってる。 殺しを殺すギルドっていう名目で、PKKをしていくつもりだ。 そしていつか亜由真をブッ殺す。これ、確定事項な。 目的を手にした俺は、いつもよりか気分のいい疲労感に浸っていたかった。 |