【 08話<Memories> 】
真っ白な世界に佇む 「貴方が『The World』を始めたキッカケは?」 「 来栖川は目を 「私は小さい頃から身体が弱いせいで、外に出て遊んだりとかできなくて、部屋に 来栖川はそう言って、男が寝ているベットの 「彼は、陰気で無口な私に親身に接してくれました。最初こそは私も冷たい態度で無視をしていましたが、彼の必死な心遣いが……、なんだか 来栖川は少し口元を綻ばせる。だがすぐに引き締めた。 「彼と私は同じ大学に合格しました。だけど、私は人が多い場所に出るのが怖かった。身体の調子が良くても、彼にしか心は開けなかったから。……ある日彼は『ちょっと、ゲームをやってみないか? 人見知りの伊織でも、顔を見られるわけじゃないから気にしないで人と話せるし、多くの人が参加してるゲームだから仮想社会だと思って練習してみようよ』、そう言いました。私は彼に誘われて『The World R:2』を始めました。ゲームにも慣れて、心のわだかまりも解けて、大学でも友達が出来るようになりました。皆で『The World』を冒険するのは、楽しかった……。彼と【 来栖川は仇を睨むような目で、俺に言った。 「 来栖川のこんなにも憎悪や怒りに満ちた声を聴くのは二回目だ。以前クオリスのギルドに行ったときに、彼女が部下に放った言葉も、怒りが込められていた。それはきっと、大切な人と創ったギルドを力に汚されたからか。 「大学の友人と一緒に『The World』をプレイしていた彼は、半年前に突然意識不明になりました。逃げ延びた友人達は『突然、蒼い炎を纏ったPCに襲われた』と私に伝えるだけで、以来ログインはしていません。私は三枝さん――フィクスの情報を頼りに三爪痕を追った。だけど、遭遇することは無かった。絶望に浸る私を見かねたのか、フィクスはヒントをくれました。『直接的な要因ではなく、間接的要因から探してみるといい』と」 一気に喋ったのが疲れたのか、来栖川は息を整えていた。俺は黙って話を聞く。余計な口は入れないほうがいいと判断したからな。 来栖川は再び唇を開いて喋りだした。 「私は、PKをキルして三爪痕の情報を訊き回っている死の恐怖≠ノ接触した。だけど……『話を訊きたいなら俺を倒してみやがれ』とか、随分子供っぽい事を言われたわ……。私は死の恐怖≠ノ勝てなかった。三爪痕に辿り着くどころか、死の恐怖≠キら倒せなかった自分が嫌いになった。必死にレベルを上げて、気付くころには彼の代役としてギルドマスターまで任されるようになった。いつの間にか、どこかで目的が入れ違ってたのかもしれない。私は強さだけを求めていた。そして、死の恐怖≠ノ再戦を挑みに行った日。あのエリアで殺し合いをしている黒い なるほど、これがあの場所に居た理由か。しかし、コイツ……確かに 「ロストはハセヲに負けたわ。……私は、貴方達の戦いを見てこう思ったのよ。『私は何の為に此処に居て、なんで強さを求めたのか』って。一度その疑問が生まれたら、あとは早かった。貴方が負けた後、私はハセヲに刃を向けなかった。その場から逃げるように立ち去った。私は諦めたのよ、三爪痕を追うことを。その日は一晩中泣いた。『どうして私は無力なんだろう。大切な人の仇に、指先すら届かない』って自分を責めた。 涙を目に溜めながら、来栖川は叫んだ。すぐに電子音の静寂が戻る。……俺は、なぜだろうか。自然と言葉が口から出ていた。 「来栖川さんは、宗像さんが意識不明になった場に居なかったことが悔しかったんじゃないのか?」 「っ!?」 そう、話を聞いてて思った。来栖川伊織というプレイヤーは、宗像傑が意識不明になった現場に居合わすことが出来なかったことを悔いている。そして、 「俺はこう思う。アンタは仇が取りたかったんじゃない。仇に 来栖川は震えていた。図星だったのか、あるいは何も知らなかったガキにここまで言われて怒りに震えているのか。 俺は思ったことを全て吐き出す。反論も加えながら。 「恐怖を感じるのは人として当たり前の感情だ。……俺は恋愛なんてしたことは無いから、後追いまで考えるほどの深い愛情など分からない。アンタは宗像さんの事、本気で愛してるんだな」 こんな言葉、綺麗すぎて俺の口から出すのは申し訳ないが。 「だけどな、アンタ、勘違いしてるぜ。俺は本気で 俺はもしかしたら場違いかもしれない言葉を放った。 「俺は自分の命なんていらねェって思ってたんだよ!!」 張り詰めた空気が部屋に充満する。まるで探り合ってるかのような、この緊張感。俺はこの状況を楽しんでいた。……来栖川がどう反撃してくるかが楽しみでしょうがない。彼女はイスから腰を上げ、俺を睨みつける。 「俺は元々、喪失者という役割で通ってた。得るものは何もなく、失い続けるだけの役割……」 俺は、来栖川――クオリスに伝えることがあった。……ったく、ここまで彼女を追い詰めてから切り出すなんて。まだまだ俺もガキだな。 「だけどな、俺は得てしまったんだ。お前のメンバーアドレスをな」 来栖川がハッとしたように俺を見た。はてさて、俺は今、どんな顔をしてるだろうね。 「お前から手渡された物を感じたとき、……俺は嬉しいと思ったんだ」 照れくさい。俺はこんなキャラじゃなかったのに。最近のことで、すっかり周囲に感化されてしまったらしい。 「ありがとうな」 俺は久しぶりに心から(しかも異性に)感謝の意を述べた。……あとは彼女次第だが。 来栖川は、呆気に取られた表情で。だが少しずつ頬を緩めて。やがて――笑い出した。 笑顔で、本当に笑顔で。笑いながら、泣いている。俺はそれを黙って見つめているだけだった。 「……まさか喪失者に、ここまで優しくされるとは思いませんでした」 「今思ったんだけどな、やっぱり俺とアンタは似てんだよ。俺だって、心を開ける人間は三枝劉治だけだった。家族でさえも、俺は嫌った。……だけどもう俺は喪失者じゃねェよ。だから得たっていいだろ」 誰に言った文句だったのか。……ついでだ、もう一つ話してやるか。 「俺な、三爪痕と戦ったんだ」 えっ? と、来栖川は息を飲んだ。どうやら聞かされていなかったらしいな。 「そして負けた。アンタの大切な人が ――俺は、まだ死にたくないッ! 生きて、いたいんだ、この世界でッ! 「きっと、アンタにメンバーアドレス貰ったり、心配されてなきゃ、俺はあのまま考えもナシに立ち向かって 来栖川は糸が切れたように、 「――っく、私は、ちゃんと……ロストさんは救えたんだ……ッ!」 口元を押さえ、嗚咽を洩らす来栖川。「傑さん……」と小さく言った彼女は床に座り込み、号泣した。俺は居心地が悪くなり(自分勝手な奴だなと思う)、目に付いた彼女の白い帽子を彼女の頭に被せてやった。彼女は帽子のツバを握り締め、泣いた。 きっと身体中の水分が流れ出てしまうぐらい泣いたんじゃないだろうか。 彼女はやがて泣き止み、目元を擦りながら立ち上がって「恥ずかしいところ見せちゃったね」と、無理やり微笑んだ。 「話を聞いてくれて、ありがとう。話してくれて、ありがとう。貴方を此処に連れてきて良かった」 彼女は、不意にイタズラっぽく微笑んで。 「でも、私のほうがお姉さんなんだから。ちょっと悔しいなぁ。……ねぇ、私と貴方は似てる。だけど似ていても違うわ」 「……それはつまり?」 「貴方には、愛する人が居ない。だから、まだまだ芯が弱い」 出来の悪い弟に説教するような姉の顔になりやがった、コノ 「……そういう存在が、俺にも出来たら。強くなれっか……?」 「えぇ、きっと。きっとなれるわ」 愚問だったな。きっと、こう答えると思っていた。 最後に俺は宗像傑を見た。弱々しい外見など、内面から滲み出る強さが打ち消してしまうほど、この人は戦いを経験してきたんだと今なら分かった。 俺と来栖川は病室を後にし、駅近くの商店街をブラブラしていた。これでは普通のデートだなと、落ち着かなかったのは俺だけだろうな。人を避けてるとは言え、俺も健全なる日本男児なワケで。こういう経験は、積まなきゃ慣れやしない。ましてや、自分の事を陰気とか言ってたくせに来栖川は美人だからな。 「やっぱり、三爪痕って強かった?」 ストローでアイスティーを掻き混ぜながら聞いてきた。 駅前の喫茶店。そこの角の席でティータイムと 俺はコーヒーをブラックで飲みながら、 「あぁ、アレに勝てるPCは存在しねェよ。そもそも三爪痕の存在こそがシステムに反してンだ。システムに首輪繋がれてる俺たち一般PCには、……死んでも届かねェ存在だ」 「ロストが勝てなかったのなら、クオリスが敵うわけありませんね……」 私は貴方より弱いですからね、と来栖川は言う。しかし、ロストと肩を並べる行動力があるのは俺自身が身を持って体験している。 窓から外を見て、ボケーっとしていると名前を呼ばれた。 「実はね、護衛ギルド【PaGU】は昨日解散したのよ」 「……は?」 いや、だってアンタ。それは大切な人と一緒に立ち上げたギルドじゃなかったのか? と、口には出さなかった。宗像傑のことを話すのは、まだ抵抗があった。 「ふふ、貴方の顔見てると考えてることは大体分かります。確かに、私と傑さんのギルドだけど……、すでに一度失くした場所。だから、彼が帰ってきたらもう一度創るの。新しい場所を」 「なるほどね……、まっ、勝手にやりゃいいさ」 「貴方は、ギルド創らないのね」 「集団で群れンのが嫌いなンだよ。俺の基本は一匹狼だかんな」 「強がり」 ……否定できない自分が悲しい。さっきから主導権握られっぱなしじゃないか? 俺らしくねェな、ったく。この女には調子を狂わされすぎだ。 平和クセェ論弁を言うようになった、お礼まで言えるようになった。感情が呼び戻された。 ――本当にこの女は、俺って人間を変えちまったな。 神門町駅前広場で、彼女と別れることになった。彼女はこれから大学のサークルに向かうと言う。例の、三爪痕襲撃の現場に居合わせた友達が居るらしい。 「もう一度、話を整理してみる。友達も、怖がって『The World』やらなくなっちゃったから。今度は私が、皆を楽しい方向に連れて行く。『The World』の楽しい部分を一杯見せてあげるんです」 風になびく彼女の髪が夕日を纏う。 もう現実でのお別れだ。俺は一番最初に話そうと思って、一番恥ずかしくて言えなかったことを話そうと思った。こんなところまで来ちまったしな。 「なぁ、来栖川さん」 「伊織でいいよ」 「……来栖川」 「呼び捨てはちょっと乱暴じゃない?」 「……伊お――いや、俺は女のことを馴れ馴れしく名前で呼んだりはしねェ」 「意地っ張り。しょうがないから来栖川で許してあげる」 さて、俺は何に負けたのだろうか。 「頼みがあるんだけど、聞いてくンねェかな?」 「頼み事? いいよ、なんでも言って」 俺は少し躊躇った。あぁ、これから俺は無謀な賭けに出るんだなと。だが突っ立てるだけの状態なら、どっちかに転んだほうが面白い。 「これからも、たまには俺の護衛、やってくれねェかな」 彼女は、 「……!」 次第に頬を緩ませ、 「はいっ!」 満面の笑みで答えてくれた。 「護衛の契約、 「……ンとにアンタはオカシな人だよ。俺がここまで心を開くなんてな……。これからも、よろしくな」 俺は、手を差し出す。もちろん彼女の帽子を取り上げるため、とかじゃなく。握手をするために。 「はい、喜んで!」 広場で夕日を浴びながら握手をする来栖川伊織と俺。……そういえば周囲の男の視線が俺に突き刺さってるのに今頃気付いた。見てンじゃねェぞコラ。 「今日は、リアルの貴方に会えて本当に良かった。……実はと言うと、少し寂しかったの。傑さんがあんなことになって、友達は音信不通。本音で話し合える相手が、居なかったから。だから、ロストさんにメンバーアドレスを渡せて本当に良かった」 「ただ付いてって、一緒にいろんな店眺めて茶ァしただけだろうが」 「それで充分よ。本当に、ありがとう」 来栖川は手を伸ばして俺の頭を撫で始めた。あー、ほら。そんな背伸びすると顔近いぞ。って、ジロジロ見られてンじゃねェか! 恥ずい! 「ばっ、やめろッつの!」 「あー、もしかして照れてる? ふふふ、可愛い」 「からかうな」 少しドスを効かせる。 「……ごめんなさい。そんなに怖い顔しないでよ」 とか言いながら笑っている。……畜生、なんか自分に自信がなくなってきたぞ。 「それじゃあまた、『The World』で会いましょうね」 「あぁ、またな」 駅に歩いていく彼女を見送り、俺はこんなことを考えていた。 さてさて。劉治にどんな風にからかわれるかね。 今日のことを報告しなければ、二度と情報をくれないそうだからな。 俺は一気に無表情になった。慣れない事は、やっぱりするもんじゃないな。 「やれやれ」 総合病院のある方向を一度振り返り、駅に向かった。 【△流れ 「それで、デートは楽しかったかい?」 「デートじゃねェっての。お前に言われたとおり、ちゃんとクオリスと仲直りしてきたぜ。……まぁ、お前の目的は別にあったんだろうが、探りはしねェよ」 「おや、やけに素直になったねロスト。もしかして彼女に感化された?」 「ばっ、ちげェよ!」 「分かりやすい反応どうもありがとう。……ところで、ロスト。面白い話があるんだけど、聞いてみる?」 「タダなら」 「もちろん。それがね、紅魔宮のトーナメントにハセヲが出場するらしい。実に意外だ。彼、 「行かねェ」 「あれ? こっちも意外だ。どうしてだい?」 「簡単なことだろ」 アイツを評価するのは気に障るが、 「ハセヲなら、必ず本選まで勝ち残る。だから観に行くのは本選だけでいい」 「なるほどね、君はハセヲを信頼してるんだな」 「信頼とか、そんなクセェもんじゃねェよ。俺がアイツの力を認めてる。それだけだ」 ふーん、とフィクスはつまらなそうに呟く。 「ロストは、これからはどうするんだい?」 「とりあえず、レベル上げだろ。他に何をやるってンだ」 「そうか。じゃあ三爪痕やハセヲに関する情報が流れたら汲み取っておく」 「了解、そんじゃ」 片手を上げてドアから出ようとした。そんな俺の背中にフィクスは言った。 「明日、漢文の小テストだから」 「……」 俺はそれを無視して部屋を出た。 |