雨水はアスファルトに飲み込まれることなく、その場に在り続ける。 少年と男はその上を駆けて行く。 雨水がどれだけ跳ねようと、気にすることなく、ただ前だけを見て走り続けている。 「はぁ、はぁ、はぁ」 少年は、なぜ自分が走っているかが分からなかった。 顔に雨が当たるたび、顔が歪み、涙が溢れてくる。もう雨で濡れているのか、涙で濡れているのか分からないぐらいに、少年の顔は濡れすぎていた。 少年はふと気になり、隣で自分の手を引いている男を見る。そして目を見開いた。男は 少年は男が怖くなり手に力を込めた。だが男は少年の手を決して離そうとはしない。振り払おうとしても、決して離そうとしない。 なぜ男はここまで必死になっているのか、少年には分からなかった。少年は男を知らない。だが、男は少年を知っているようだ。 少年にとっては、男は「一緒に逃げよう」って言ってくれた人。それ以外のなんでもないはずなのに……。 そして、なにから逃げている? だが、それも分からないのだ。少年の記憶は霧に覆われたような感じになっている。そして、なにかを思い出そうとすると、針で脳細胞を一つ一つ壊されているような激しい激痛に襲われる。 それでも、少年は必死に思い出そうと後ろを振り向いた。これで、なにかが分かるなら、と。 だが、その光景は信じがたいものだった。周辺の建物、アスファルトには亀裂が入り、閃光が起きた瞬間に全てが崩れていく。その中心には大きな建物が見えたが、崩れかけている。さらに爆音に混じって助けを呼ぶ叫び、悲鳴、笑い声が聞こえる。 一体そこでなにがあったのだろうか。あそこから逃げてきたことは分かりきっているのに理由が分からない。 少年はただ、全てを知らなかった。 「痛っ!?」 少年は声をあげて驚いた。意識がハッキリしていなかったが、完全に目が覚めた。砕けたアスファルトの破片を踏んでしまったようだ。足の裏から血が流れる。そしてようやく自分が裸足だったことに気付いた。 少年は、ついに泣き崩れてしまった。なぜ自分がこんな目に遭っているのかも分からず、傷ついているのかと思うと胸が苦しかった。 前だけを見つめて走り続けていた男も、ようやく歩調を緩める。少年が怪我をしたことに気付き、慌てて立ち止まり、声を掛ける。 「大丈夫かい?」 それは、心から少年のことを心配している本当に優しい声だった。この一言だけで少年はパニック状態から落ち着いた。涙を流し続ける少年の前に男はしゃがみこみ、自分の衣服を破き、少年の足に巻きつける。 「これで出血は止まると思うけど、痛くないかい?」 少年は顔を伏せながら言う。 「うん、平気……」 少年の不安は男の優しい声と共に、少しずつだが消えていく。 すると、突然男が少年を持ち上げた。少年は「わっ」と声を出すだけで、もう脅えた表情はない。 「歩くと痛いだろうから、このまま行くよ」 男は少年をおんぶ≠キると、再び歩き始めた。少年が最後に振り返ると、空は赤く燃え上がっていたが、先程までの喧騒はもう聞こえない。 中心の建物だけが残っており、それが地面に突き刺さった巨大な剣のように、不気味に見えた。 「おじさんは、誰なの?」 少年はずっと思っていた疑問を口にする。だが、男からはすぐに言葉が返ってこない。少年は男の広い背中しか見えないので、男がどんな表情をしているのかが分からなかった。そして、 「私は、君のお父さんだよ」 男が言ったのはそんな言葉だった。 「お父さん……?」 少年は聞き返すが、急に意識が朦朧としてきた。 そして少年の意識は闇に堕ちた。 その小さな背中に背負った運命すら知らないまま。 |