決戦の夜まで各自待機することなったので、蒼真と琥白とガナードはテントで携帯食料を 「……なあ、精鋭部隊ってどれぐらい強いんだろうな」 ガナードが不意にそんなことを言い出した。 「……どれぐらい強いか?」 蒼真が首を傾げる。なぜガナードはそんなことを言うのだろう。 「こう見えても俺は、どの訓練学校でも射撃だけは誰にも負けなかった。……だからな、俺よりも強い奴が影で存在してたのかって思うと、ワクワクしてくるんだよ」 「ガナード。それが貴方の悪い癖ですね。常に強者を求めるその姿勢は、軍隊譲りですか?」 琥白が少しキツイ口調で言う。戦いたがっているガナードにイラついているようにも見える。 「……軍人が自分よりも強い相手を望むと思うか? これは俺個人の 「……」 蒼真は何も言えなかった。本当は戦うことが嫌いなはずなのに、自分の手に残っている殺しの感触が蒼真を不安にさせる。霧影を貫いた(そこまでの記憶はないが)時の柔らかい物から滴る液体が剣を濡らす音が、蒼真を悪夢へ誘う。 蒼真は『 「蒼真、もうすぐ日が沈みます。貴方は巻き込まれた身ですから、能力は極力使わないでください」 琥白がボソっと耳打ちしてきた。その言葉で蒼真は我に返る。 「うん、分かった。だけど皆が危ないときは使うからね」 「――分かりました」 琥白は一瞬呆気に取られた顔をしていたが、すぐに真顔に戻った。 この戦いが終わったら、昔の自分のことを琥白に聞いてみようと、蒼真は決めた。 「よーーーーーーーーーーっし! 野郎共準備はいいかぁあっ!?」 「細かいことは考えず、突っ込め! それが私たち突撃派の戦法だからねっ!」 「うぉぉぉおおおおおおお!」 「では行くぞ! 『全の輪』の旗を奴らの 「うぉぉぉおおおおおおお!」 大地に響き渡る豪快な声が中央塔に向かって進みだした。 蒼真たちは後衛待機。敵の陣形を崩した後、または精鋭部隊の出現があったら前衛へと移動する手はずになっていた。 ところで――先程からガナードが不機嫌である。 「……なんでコイツもココに居んだよ」 そう苦々しく吐き捨てた正面に、男が座っていた。片方の髪だけが以上に長い、整った顔立ちをした青年である。年は二十代後半と言ったところか。まだ若いのに、威厳がある。彼の周囲だけ温度が低く感じるのは気のせいだろうかと蒼真は心の中では怯えていた。 「コイツとは失礼な。オレには 彼は亜紀の護衛を務めている。剣の腕は一流だというが、ガナードとは犬猿の仲だといわれている。 「お前は亜紀さんの護衛だろうが。こんなところに居ていいのか? アァ?」 「彼女は絶対に負けはしない。オレは彼女を信じているから此処に残っている。能無しのお前には分からんだろうがな」 「――言ってやがれ人妻趣味が」 「――お前、その発言はオレと亜紀さんを侮辱しているのか。聞くまでもない、そうなんだろう? 今すぐ首を切り落として燭台に飾ってやろうか能無し」 「やってみやがれ悪趣味。その前にテメェの額に風穴空けてやるよ」 「ククククククク」 「ハハハハハハ」 怖い。 二人から黒いドロドロしたものが滲み出ているような錯覚。お互いに武器に手を掛けている、一触即発の状態だ。 オロオロしている蒼真に琥白は優しく言う。 「大丈夫です。いつものことですから。お互い本当に殺したことはありません」 「……じゃなかったら此処に居ないよ」 言って蒼真が溜息をついた瞬間。 ――巨大な熱の塊が中央塔付近で爆ぜた。 衝撃が半秒遅れて蒼真たちのところまでやってくる。 「なっ――!?」 蒼真は絶句したが、琥白やガナード、そして守久はやれやれといった顔で。 「彼女は中央塔を根元から壊すつもりですかね」 「戦闘になると周りに注意を払わなくなるのが彼女の欠点だからなぁ……」 「――敵の団体を吹っ飛ばすのが快感だとオレは聞いたが」 勝手に納得している三人に蒼真は突っ込む。 「なんですかアレ!?」 そんな疑問に琥白が答える。 「アレは亜紀さんの武器。 「原理は簡単だ。銃器内で圧縮している大量の熱を一気に吐き出すだけなんだけどな。衝撃と高温が同時に発生して、恐ろしいのなんの」 「欠点として。周囲の空気が一気に茹で上がるのでな。味方も苦しいのがたまに傷だ」 そうこう言っている間に生暖かい空気が流れてきた。……とても焦げくさい臭いと共に。 「ただ待ってるだけっていうのはヤバイんじゃないかな……」 何気なく呟いた蒼真の一言に、その場にいた全員が無言で頷いた。 民間の家までも丸焼きにするんじゃないかと思うほど地面も焦げていた。上梨亜紀はその真ん中で仁王立ちしている。その片手には巨大な銃『火之迦具土神』が竜口を開けている。吹き飛ばれた軍の小隊は、身体に火傷を負って苦しんでいる。 「私に近づく奴には一生消えない全身火傷をプレゼントしてア・ゲ・ル」 それは冗談でもなく。ただの本気の一言だった。殺されると感じた軍人達は中央塔に逃げ返そうとする。 だが――それを許さぬ者が現れた。 「あっれー? 国に従属を誓った兵隊さんが尻尾を巻いて逃げるなんておかしいと思うんだけどなぁ」 表情を凍りつかせた軍人を蹴り飛ばしながら、焦げた土を踏みしめて歩いてくる男が二人。地球連合軍アジア連邦軍第4独立部隊隊長スラムと副隊長のネオルだ。その二人が発する他とは違う雰囲気に亜紀も気付いた。彼らの後ろからは装甲服を装備した小隊が複数(視認できない)いる。 「……アナタたち。精鋭部隊の人かしら?」 亜紀の言葉で『 「精鋭部隊、ね。そういう風に言われてるのか俺達は。……さて綺麗なお姉さん。隣の奴はネオル、俺はスラムっていうんだけどさ」 スラムは不敵に笑うと、その単語を口に出した。 「魔法使いって、どこにいるのかなぁ?」 瞬間、放たれた殺気が尋常なほどに周囲を満たした。 「!」 亜紀は咄嗟に横に飛んだ。すると、先程まで亜紀が立っていた場所に巨大な剣が刺さっている。持ち手の部分に紐が括り付けられていることから、どうやらそれを利用して いったい何時取り出した!? だが、それを確認した瞬間、亜紀は気付いた。……スラムがいない? 「お姉さん。自己紹介したんだからちゃんと名乗ってくれないとっ!」 ふざけた声が、頭上から発せられた。亜紀はとっさに『火之迦具土神』を頭上に掲げた。次いで、衝撃。火花が走り、吹っ飛ばされる。 「ぐっ!?」 スラムの武器は――どこにしまっていたのか――ハルバードだ。先端が槍、その下に斧。長い武器から繰り出される首を刈らんとする斬撃は『火之迦具土神』で受け止められるほど余裕なものではなかった。 「お姉さんのっ、名前はっ、なんてっ、言うのっ、かなっ!」 言葉に呼応させハルバードを振るうスラム。 『全の輪』の野郎共と敵の小隊が全面衝突するのを視界の隅で確認した亜紀は閃光弾を大空へ放った。瞬間、『火之迦具土神』の竜口を開放した。地面に向けられたソレは、亜紀の周囲の地面を砂漠に変貌させ、灼熱の渦巻く流砂を発生させた。 足に異様なまでの灼熱を感じたスラムとネオルは後退した。 「へぇ。お姉さん、なかなか思い切りがあるじゃないの。俺はそういう女大好きだぜぇ!」 「興奮するな、見っとも無い。……さてお姉さん。このバカが 「……拒否権は――」 と言いかけた亜紀の顔スレスレに青龍刀が投擲された。カマイタチの容量で、亜紀の顔に鮮血がうっすら流れ出る。 「おやおや、この状況で自由を欲するのですかアナタは。拒否権など初めからありません。アナタのような美しい方を殺すのは気が引けますが、質問に答えないのなら用はありません」 殺気が尋常じゃない。亜紀は冷や汗をかきながら必死に考えていた。 (閃光弾を撃ったのはいいけど、そんなすぐに彼らが到着するとは思えない。――『火之迦具土神』を使用しすぎたせいで両手は悲鳴を上げ始めている。運が良くてあと二回しか撃てない……!) 『火之迦具土神』は実は完成でありながら未完成でもある。攻撃することには問題がないのだが、排熱機関がまだ完全ではない。二回に一回の確率でオーバーロードを起こし、銃身が激しくブレることにより両手首に負担が掛かるのだ。三回ブレると当分は両手首が痙攣して動かなくなってしまう。そして先程の灼熱の流砂に使用した段階で二回ブレた。あと一回でもブレたら、殺される。 「質問は、何?」 とにかく今は時間を稼ぐしかない。 それを諦めと取ったのか、スラムはニヤリと顔を歪ませて。 「魔法使い。お宅に何か不思議な力を使う少年、または少女がいるはずなんですけどねぇ」 「……さぁ、そんな子いたかしら」 「残念だけどお姉さん、昨日我が隊を攻めてきた連中の中に居たそうですよ。氷を操る子供がね」 まずい。相手に琥白の存在は割れている。だけど―― 「そんな子、『 もう一度ハッキリ、亜紀は言った。 スラムは絶望し切った顔で、死の宣告をした。 「あーあ、残念だよお姉さん。シラ切るんだ。だったら――死んじまえ」 亜紀は襲い掛かるハルバードに最後の抵抗を掛けた。『火之迦具土神』のトリガーを引いた瞬間、強大な熱量が爆ぜたと同時に両手首に激痛が走った。オーバーロード。亜紀は『火之迦具土神』を落とした。ハルバードを退けたスラムは再び亜紀に突っ込む。 (クッ、こんなときにッ……!) そして目の前に突きつけられた槍がコツンと額に優しく触れた。 「じゃあ、死ねよ」 瞬間、巨大な氷柱がスラムに突き刺さった。 「――ッあ!?」 何が起こったか分からない表情でスラムは回転しながら吹っ飛び、砂埃を巻き上げて地面に突っ伏した。 「スラムッ!」 と、駆け出したネオルの髪を弾丸が掠めた。チッ、という音を鳴らしてネオルの髪が数本宙を舞う。瞬時に身を屈めたネオルは前方を見る。 まだ400m先の地点で、狙撃銃を構える金髪の男と、身長につりあわない鎌を構えた白髪の少年。不揃いの髪をした青年。そして青い髪の少年を発見した。 「……来たようだな」 中央塔が、誰かの墓標となる時は。 近い。 |