06話…氷は形を変えず-3 】                                   06話-2に戻る 話選択へ戻る 07話-1に進む

 街が視認出来なくなるほど遠くの場所で、蒼真達は朝を待っていた。
「ガナード、まずは貴方に一言。とんでもないバカですね」
「そんなこと(かしこ)まって言われなくても分かってるつもりだけどな……。それで琥白、撤退したからって状況が変わる訳じゃないだろう? 俺達が一度退かなきゃいけなかった理由を話してもらおうか」
「――本当に貴方はこういうことに関しては勘が鋭いですね……」
 琥白は呆れた顔をしていたが、ガナードに向き直るとマジメな顔になった。
「これは確かな情報です。何せ亜紀さんが言われたことですから。あの中央塔には現在、連合本部直属の精鋭部隊が派遣されているそうです」
「精鋭部隊……って言われるからにはそうとうな腕の連中が集まっているんだろうな」
 ガナードがそう言ったことに蒼真は首を傾げた。
「ガナードは元軍人なんだよね? 知らないの?」
 ガナードは一瞬顔が強張ったが、すぐに元に戻り蒼真の質問に答えを返した。
「……あぁ。表には知られないことが、どの組織にもあるんだよ。恐らく秘密裏に創られた部隊だろう。……連合本部、つまり軍の大本に直属の部隊か」
「そんな人たちがなんでここに……?」
 蒼真は世界の事情を知らない。ならば少しでも知らなければならないと、琥白に質問する。
「それは、反抗勢力の動きが活発になったからです。最近は市民の反乱もあったようですが、それを鎮圧(ちんあつ)したのも彼らだという情報もあります」
 だから町中を人が歩いていなかったのか、と蒼真は一つ納得した。
「つまり、そいつらが居るから、今の俺達だけじゃ勝てないと。だから撤退したわけだな?」
「はい、そういうことです」
 琥白は中央塔のある街の方角を見据えて、静かに言った。そして、
「次の日が昇るころに、『全の輪(リングス)』の突撃派が到着します」
 その言葉に、
「はぁっ!?」
 と、ガナードは素っ頓狂(す とんきょう)な声を出して固まった。
「なにを驚いているのですか貴方は」
「いやだって、突撃派って……アイツがいるじゃねぇか」
「それに彼女も、ですよ。……貴方って人は、可哀想に」
「哀れむような眼で俺を見るなッ!」
 ガナードは頭を抱えて首をブンブン振っているが、琥白はそれを生暖かい眼で見ている。蒼真はそんな状況の中「あぁ、きっとロクなことにならない」と少し不安だった。


 そんな蒼真の目覚めは一発の轟音だった。
「――――なんだ今の音?」
 寝ぼけ顔のまま蒼真は身体を起こし、テントから出る。日は昇り、周囲には変わらぬ静けさが――
「無謀すぎんだよバカ野郎! 小僧一人出しゃばっておっちんでも何の意味もないだろうが!」
 ――なんかすごい怒声が聞こえてきた。
 怒鳴っているのは巨大な銃を地面に立てて仁王立ちをしている髪の長い女性のようだが、言葉遣いが荒い。
 怒られてるのはガナード=ディジェック(愛称ガディ)である。そしてそれを見守る二宮琥白の姿があった。
「あ、蒼真。おはようございます」
 蒼真に気付いた琥白が朝のご挨拶をしてきた。ガナードは視界に入ってないようなフリだった。
 もちろん怒鳴っていた彼女の視線は蒼真に向けられた。一瞬にして鬼のような形相から『お姉さん』といえる顔になった。
「もしかして君かな? ウチの者が迷惑かけちゃったのは……」
 彼女が今までと一風変わった態度で話しかけてきた。突然のことに蒼真は黙り込んでしまったが、 それは驚いたからではなく、彼女の姿に見惚(みと)れてしまったからだ。
 その……目の前に突き刺さってる巨大な銃がなければ、素直に美しいと言えたのだが。そんなことさえも言わせないような威厳が彼女にはあった。
 腰まで伸びた髪は纏められることなく無造作に揺れている。整った顔立ちはカッコイイと言うのだろう。「こんな女の人もレジスタンスをやってるんだ、世界は広いなー」と蒼真はちょっとズレた解釈をしてしまったが。
「おーい、もしもーし?」
 彼女は蒼真の目の前で手をプラプラさせている。我に返った蒼真はとりあえず自己紹介した。
「僕は井之上蒼真です。巻き込まれたのは僕のせいでもありますから、ガナードはその辺で許してあげてください」
「……はぁ、OK。ガナード、この子に借り一個ね」
 言って彼女は蒼真とガナードの背中をバンバン叩いた。豪快な人である。
「おっと、ゴメン。私の自己紹介がまだだったわね。――私は、上梨亜紀(かみなしあき)。『全の輪』の首領の妻やってるんで。 ヨロシク!」
 言って上梨亜紀はまた蒼真の背中を叩いた。おもいっきり、さっきより強く。
「首領の、妻!?」
 蒼真は驚いた。夫婦でレジスタンスを率いてるなんて、それだけでもとんでもない話だ。
「そうそう。旦那は別の地区の開放に苦労してるから、私が代わりに来たわけよ。さすがに小隊も組めない人数でエキスパートを相手にするのは自殺行為でしょ?」
 上梨亜紀が率いてきた『全の輪』の人数はざっと五十人。五人ごとに小隊を組んでいて、亜紀の戦功隊を司令塔として行動するらしい。計十小隊の突撃派のチームである。
 ちなみに『全の輪』は、突撃派、隠密派、医療派、統率派と分かれており、突撃派と隠密派が軍に占領されている地域を開放する攻撃集団。医療派と統率派は、開放された地域の市民の治療、開放後の地域の統率をする。中でも一番過激なのが突撃派らしい。
 それはもうなんとなく、亜紀の持っている巨大な銃で予想がつく。
 亜紀は後ろに控えていた部下たちに注目させると、大声で言った。
「それじゃあいいか野郎共! 人様の街に平気で軍事施設をブッ建ててる良心のカケラもない軍人どもには、どんな御仕置きが必要だ!?」
 その野郎共が全員声を揃えて言う。
「悼みの鉄槌を!」
「その通りだ! 決して殺すな! 恐怖に打ち震える街の悼みを、奴らに教えてやれぇっ!!」
「うぉぉぉおおおおおおおおお!!」
「日が沈んだら突撃の合図だ! いいか、今回の敵は一筋縄じゃいかない! 舐めてかかんじゃないぞ! そんじゃ解散!」
 再び大地を震わすほどの声が響き渡る。
 それを遠くで見ていたガナードと琥白は、少しビックリしている蒼真に一言。
「マジすごいだろ彼女」
「すごいですよね彼女」
 二人の言葉に、蒼真はただ頷くことしか出来なかった。


 同時刻。
 中央塔。正確には、東北地域エリア34監視塔。
 何も無い部屋に隊員が駆け込んだ。
「スラム隊長、負傷兵の手当て完了しました」
 するといつのまにか姿を現していた、スラムと呼ばれた男が答えた。
「ごくろー。で、負傷兵は何人だ?」
 言いながら片手で拳銃を振り回す。その後ろで別の男がキツイ口調で言う。
「危ないから止めろ。無駄な弾を撃ったら無駄な被害も増えるだろう」
 まるで上から(たしな)めるような口調。子供に言い聞かせるようでもある。「すまない、続けてくれ」と言われ隊員は続けた。
「ハッ。負傷兵は47人。いずれも外で待機、または監視を行っていた兵です。傷口から検証した結果、敵の武器は口径7.62mmのMSG-90。ドイツ製のスナイパーライフルです」
「ドイツ製か……、正規の軍ではないな。ということは、報告を受けていたレジスタンスということか」
 先程スラムに言い聞かせていた男が言った。それにスラムが反応し、
「へぇ、なんでそう思うわけネオル副隊長?」
 ネオル、そう呼ばれた男は呆れた声で、
「報告を読んでいなかったのかお前は。全く、戦闘能力に長けているだけの阿呆め。だが、不快だな。我々でも難しい、ましてや最高射程距離700mしかない銃で、こちらが確認できないほど離れた場所から狙撃されるとは」
「……どうやら腐ってるだけの連中ではないらしいな。それと、阿呆とはなんだ。いくら訓練生からの仲とはいえ、俺が隊長でお前が副隊長だ。口を慎め」
「……了解しました、スラム隊長」
「それでいい、ネオル」
 そして振り返り、スラムはネオルと報告をした隊員に言う。今までとは違う、真剣で、冷酷な目で。
「伝令しろ。我が優秀なる地球連合軍アジア連邦軍第4独立部隊の諸君! 我々の任務は反抗勢力組織の破壊。もちろん、全員殺してくれてもかまわない。それと異分子の存在にも注意しろ。それを踏まえた上で各自、装備を完璧に整え出撃の命令があるまで待機!」
 了解しました、と隊員が部屋から去った。ネオルもそれに続こうとしたが、スラムに呼び止められた。
「ネオル、追加だ。魔法使い(、、、、)は俺が()ると伝えておけ」
「……分かったよ――いや、分かりました」
 ネオルは敬語を使うのが嫌そうな顔をしたが、スラムは気に留めない。
 そして、スラムは顔を歪め最後に言った。
「さぁ、久々の殺戮を楽しもうじゃないかッ!!」
 その狂気に満ちた笑みは、絶えることなくそこに在り続ける。
 
 すでに蒼真の知らぬ時に舞台は整っていたのだ。


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