06話…氷は形を変えず-2 】                                   06話-1に戻る 話選択へ戻る 06話-3に進む

 軍人に顔を見られたということで、蒼真とガナードは見回りが街の入口に戻る前に、反対側の入口から街の外に出た。
 街の全貌(ぜんぼう)がよく見える位置にある高い丘に腰を下ろして、作戦会議中である。
「それじゃあガナードさん」
「ガディでいいよ。それと溜め口でいい」
「じゃあガナード、どうやって中央塔を制圧するんだ?」
 さすがに会って間もない人を愛称で呼ぶことなどできなかった。
「まぁまぁ。話を折るようで悪いが、先にお互いを知るっていうのはどうだ? これからパートナーになるんだから、お互いを知らないっていうのも信頼に欠けるだろう?」
 言われてみれば、良い考えだと思う。ということで、蒼真はガナードの自己紹介を聞いた。
 ガナード=ディジェック(推定年齢二十歳)は四年前に日本に来たという。まだ蒼真が生まれる前に造られた各国を結ぶ海底トンネルというものがあるらしく、そこは『文明の凍結』以後使われていなかったが、この島の企業が人力車(トロッコとかいう物らしい)を設置して再び使えるようにしているらしい。そこを通って日本に来た、ということらしい。
 蒼真は一度は通ってみたいと思ったが、これは内緒だ。
 ガナードは外国から派遣された軍人だったそうだ。それで「なんかいろいろあって反抗勢力(レジスタンス)になった」らしい。いろいろの部分が気になるがどうしても話せないらしい。知られたくない過去があるのだろう。
 それは蒼真も同じことだったから、軍の実験体として研究に使われて人間以上の能力を手に入れた、というところを上手く省いて自己紹介した。ガナードは蒼真が、戦闘経験があるというのを改めて認識して、
「作戦っていっても、ここから見えている範囲の敵しか撃てないからな。それに、俺もコイツを使うのは初めてだ。歩兵と戦う覚悟ぐらいしておけよ」
「勝手に戦いに巻き込んでおいて、その言い草は酷いんじゃないですか?」
「悪人だと思われてもいいさ。……ただ、この街に平和を取り戻したい。それだけだ。別に、逃げたきゃ逃げればいい。だが、顔は覚えられてるぞ? 一人で逃げ切れるのか? ん?」
 憎たらしいほどの笑顔を浮かべて蒼真を脅しているガナード。蒼真は、完全に諦めたようで、黙って頷いた。
 深夜になると、警備も薄くなるだろうと見込んで、蒼真とガナードは月が昇りきるまで休むことにした。
「夜になるまで寝ておけ。俺はスナイパーライフルの点検でもしてるから」
 言われて蒼真は、ガナードの張ったテントの中で寝転がった。
 ……最初の街で戦闘行動。これでなんの情報も手に入れられなかったら最悪だ、と蒼真は不安であまり眠れなかった。
「はぁっ、厄介なことになったな……」
 やはりこう言うのだろう。

 後悔先に立たず、と。


 そしてガナードが「時間だ」と言って蒼真を起こしたのが月が出ている真夜中であった。どうやら軍事施設攻略戦の時間になったようだ。月明かりが蒼真達の視界を手助けし、軍事施設からは人工光が窺える。火の明かりを拡散させているものだと、ガナードは言った。
「バカな奴らだな。あの拡散光で大体の位置っていうのは分かるようになってるんだけどな」
 言いながらスナイパーライフルに足を設置し、スコープを覗き込んだ。
「僕は人殺しは嫌だ」
 蒼真は行動を開始する前に言っておく。ガナードは不機嫌な顔で、
「……まぁ人を殺せとは言わないが、()らなきゃ殺られるってときもあるんだぞ。嫌なら俺を助けたときみたいに相手を戦闘不能にすればいい」ガナードはスナイパーライフルのトリガーに指を掛けて「いいか。俺がここから見える範囲の敵を撃つ。見える敵がいなくなったら突っ込む。いいな?」
「大胆な作戦だと思うけど……」
「細かいことを考えるのは苦手だからな。んじゃ。やるぞ」
 そして夜空に天も裂くような鋭い轟音が鳴り響いた。
「うわッ!?」
 まさかこんなにうるさいとは思わなかった蒼真は耳を塞いでいなかったので直に轟音を聞いてしまった。
 次の発射時はちゃんと耳を塞いでいたがそれでもすごい音だった。
 耳ふさいでてもこれかよ、と蒼真は思ったがそれ以前に、
「耳痛くないのかガナード」
 ガナードは耳栓をしていない。
「蒼真。これぐらい気合でなんとかしろ」
 気合の問題じゃないだろう、これは。蒼真はあえて声には出さなかった。というか声にしても轟音に消されてしまうからだ。
 ガナードはスナイパーライフルを撃ち続ける。そろそろ警報とか鳴るんじゃないのか? と蒼真は塔を見た。これだけ撃ってるんだ。気付かないほうがおかしい。
 そう思った瞬間、中央塔の警報が鳴り響き全ての拡散光が光度を増した。今更だが、あんな場所に人間二人が突っ込んだところで勝てるわけない……と普通は思うはずだ。だがそれは人間ならという話だ。蒼真は人間以上、ガナードは武器の扱いに関してはその辺の軍人よりも上手いと思う。
 そして轟音が鳴り止み、ガナードが体を起こす。
「よーし、全部撃ったぞ」
「全員殺したのか?」
 ガナードは心外だなという顔で、
「おいおい、殺しは嫌だって言ったのお前だろう? パートナーの意見ぐらいは聞いてたつもりだ。頭は撃ってないから大丈夫だろう。手足を潰しただけだ」
「それでも、苦痛だよな」
「敵に情をかけるな。これは戦いだ」
「判ってる……つもりだけど」
 蒼真はやっぱり戦いは嫌いだった。だが、憎悪のほうが強いのだ、戦争は。
「敵もバカじゃない。見える範囲の正面の敵しか倒してないから、弾丸の飛んでくる位置でここはもうバレてるはずだ。準備ができたら行くぞ」
「準備っていうか、僕は何も持ってないけどね」
 湖月≠フ指輪だけは、指から外れなくなってる。隠しようもなかったわけだが――
「お前武器もなしに旅をしようなんてムチャな奴だな」
 ――ガナードは気づいていないようだ。
 ガナードはスナイパーライフルを置き、二挺拳銃を取り出した。
「まぁ僕もムチャなやつだろうけど、あなたもですよ。ガナードは拳銃だけで勝てると思うの?」
「あぁ、今まではそうしてきた。何も一度で制圧しなくてもいいんだ。明日には増援も来るしな、今のうちに潰せるだけ潰しておくんだ。思考が軍人のものだからな、俺は」
 最後の言葉を発した時、ガナードすこし悲しげな表情をしていた。その表情の意味を知ることも無く、蒼真は駆け出したガナードを追った。

 町に入って最初に放った言葉は、ガナードの「多ッ!?」だった。
 正面には軍人が銃器を取り揃えて待機していた。姿を見せた瞬間発砲。蒼真達は無我夢中で建物の間に横飛びで滑り込んだ。
「ねぇ、ガナード。行動がすごい勢いで敵にバレてるよね」
「やっぱりマズかったか? あれでも結構な数の軍人を撃ったつもりだったんだけど。中にまだ残ってたみたいだな……」
「なんていうか、戦略性がないよねガナードは」
「っだー! うるさい蒼真! とにかく、やられたらやり返すんだよ!」
 と、いきなり飛び出して二挺拳銃を発砲しまくるガナード。
「バカ! 集中砲火を浴びるだけだって!」
 蒼真が慌てて出て行った瞬間、連装式の銃器による射撃が視界に入った。
 マズイ! 蒼真は湖月≠展開しようとしたが、遅すぎる。間に合わない。
 もうダメだ、と目を(つむ)ったその時。
 
 蒼真達の周りの全てが氷に包まれた。

 氷の壁に囲まれた蒼真とガナードは、直撃を(まぬが)れた。
「なっ!?」
「げっ!? ――この技は……あいつ、来てたのか」
 あいつって? と、蒼真がガナードに聞こうとしたその時、
 いつからそこに居たのか。
「あなたは本当にムチャなバカですね。ガナード=ディジェック」
 背後に――氷の壁の中――少年が立っていた。青みが掛かった白の髪に、冷たい白の瞳。厚めの白い服と青のジーンズ姿のごく普通の少年。だがその手に持っているものは普通ではなかった。少年は自分の身長の2倍はある真っ白の鎌を持っていた。しかも先の方が赤く染まっていた。
 湖月≠ノ似た武器。異能の現象。これらの答えが出した結果は、一つだった。
二宮琥白(にのみやこはく)。氷の魔法使いのお前がここまで来るとは思わなかったよ」
 ガナードが言った。どうやら能力者を魔法使いと言っているらしい。
「首領の命令ですから。命令でもなければあなたの助けになど来ません。――そちらの少年は?」
「こいつはこの町で会った、ただのガキだよ。ちょっと作戦を手伝ってもらってる」
 二宮琥白と呼ばれた少年は溜め息をついて、
「無関係な人間を巻き込むなんて、まったく、どうかしてますよ。すいません、変なことに巻き込んでしまって」
 言って、蒼真に向かって頭を下げてきた。蒼真はどうしたらいいのか迷う。いきなり現れた人にこういう態度を取られると、誰もが動揺するだろう。むしろ「最後まで協力していただけますか?」とか言われたほうが楽だった。自分で勝手に巻き込まれた(ほとんどガナードの仕業だが)のだから、謝罪されてもなにもないだろう。
「い、いや、いいんですよ。僕が勝手に巻き込まれただけですから」
「そうそう、細かいことは気にしない。さすがは蒼真だな」
 そんなこと言ったらまた琥白って人に突っ込まれるぞ、と蒼真は思っていたが、意外にも二宮琥白は――、
「そうま?」
 むしろ蒼真に興味を持った。彼は顎に指を掛けて考えるような仕草を見せて、ハッとなったと思ったら、いきなり叫んだ。
「そうま、ってまさか!?」
 蒼真はに両肩を掴まれて前後に揺さぶられる。
「ちょ、ちょっと止めてくださいって」
「あ、あぁ、すいません。確認しますが……あなたのお名前は?」
「僕は井之上、井之上蒼真です」
 それはもちろん、二宮琥白の知らない蒼真だろうが。
 二宮琥白は肩を震わせながら、蒼真の顔をまじまじと見る。
 彼の冷たい白の瞳に、蒼真の顔が映る。
 蒼真は二宮琥白の態度にたじたじだったが、ついに彼は生き別れた兄弟をやっと見つけた人のように、
「蒼真、よかった。生きていたんですね!」
 叫んで、蒼真に抱きついた。
「はぁッ!?」とガナード。
 あいにく、蒼真には初対面(記憶がないので)の人なのだが同じ研究所に居たことは間違いなさそうだった。
「蒼真、ガナード。ここはゴリ押しで進めそうにありません。一度体勢を立て直しましょう」
 突然の氷壁の出現に驚いている兵士達もそろそろ正気に戻るころだろう。琥白の提案はもっともだった。
 琥白が氷壁を解除すると同時に、ガナードの射撃で離脱を援護してもらい、蒼真達は駆け出した。
 
 目的地は、町の東側。


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