06話…氷は形を変えず-1 】                                   05話-3に戻る 話選択へ戻る 06話-2に進む

 誰もは一度ぐらい、冒険に憧れていただろう。まだ見ぬ外の世界。自分の知らないものが溢れている未知の領域。それを期待しながら、人は旅立っていく。そしてここにも一人。外を知るために旅立った少年が――、
 
 ――頭を抱えていた。

 彼の名前は井之上蒼真(いのうえそうま)。外への興味を持ち、忘却に消えた仲間達を救うために、ある少年の意志を受け継いだ。それ(ゆえ)の旅立ちだったのだが、半日経った今は最初の問題に直面し、頭を抱えて座っているという状況である。
 自分は大丈夫だ、なんていう慣れてしまった不安が現実になったとき。自分の(あやま)ちを認めることになる。
 つまり。
「・・・・・・ここはどこだろう」
 迷ってしまったのだ。蒼真は、別に方向音痴というわけでもないのだが『水動力の靴(イディアル)』を早速試したところ、いきなり空中に投げ飛ばされたりぐるぐる回ったり思った方向に進まなかったりと大変な目に遭った。
 ようやく操作に慣れたところで方角が判らなくなり、適当に歩いて今に至る。
「無理して使うんじゃなかったな……」
 これからどうしようと思いながら周囲を渡してみると見渡してみると、細長い影を見つけた。
「なんだあの人……?」
 目に入ったのは、大きなリュックに大きなカバンに大きな帽子を被った、ひょろっとした人だった。
 旅商人かな、と蒼真は思った。
(声掛けてみるか……)
 見た目が明らかに怪しいのだが、ここで見失ったら次はいつ人に会えるか判らない。蒼真は意を決して声を掛けてみる。
「すいませーん!!」
 旅商人(?)は蒼真のほうを首だけ向けて、止まった。なんとなく予期できた反応に、蒼真は『うわぁー、どうやって話し出せばいいんだ!?』と、苦悩している。
 旅商人(?)の顔はハッキリと判らないが男のようで、大体30歳ぐらいだろうと勝手に蒼真は推測した。大体こんなところに旅商人(?)がいるってことは近くに村があるんじゃないのか? と蒼真は思ったが、旅商人(?)は蒼真を穴が空くほど見ているだけで発言するという気配が感じられない。
 むしろ話すのがめんどくさそう≠ネのだ。そんなんで旅商人(?)なんてやっていけるのかと蒼真は思うのだが、知らない人へのツッコミはやめておくとする。
「君、一人旅ですか?」
「ッ!? は、はい!」
 よく耳を通る声でいきなり喋られたため、蒼真はかなり驚いた。
「若人の一人旅は何かと大変ですからね。私でよければ、何か力になりましょうか?」
「それじゃあ、この近くに町か村があるか教えてください」
 旅商人らしき男はしばらく黙って、遠くを指差した。
「いいですか? この方向にまっすぐ行けば大きな町に着きますよ。それでは、私も急ぎますので」
「はい、ありがとうございました!」
 そして、旅商人らしき男は蒼真と反対方向に歩き出した。
「大きな町か……とりあえず行ってみるしかないな」
 蒼真は旅商人に教えられた方向に歩き出した。もちろん『水動力の靴』は使わないで。

 蒼真が去った後、旅商人が(つぶや)く。
「蒼真、立派に成長しましたね。……さて、私も急ぎますか」
 旅商人は遠くを見据えて、言った。
「私の故郷へ」


 この時代は機械という概念がないので、時計も電子的(デジタル)も使えない。蒼真は手巻き式の時計すら持っていないので、どれぐらい歩いたかわからないが結構歩いたような気がする。旅立ってから2回目の夕日。ちなみに昨夜は野宿だった。一度ナクラル村の森で迷った日も、夜は野宿して過ごした。その時の感覚を思い出して、早くもホームシックになりかけたぐらいだ。
 そして現在。途中からコンクリートの道路があったのでそれを辿ってみたら町に着いた、という状況。蒼真が町に入って、初めに視界に飛び込んできたのは大きな建物の郡だけ。そして郡の中心には大きな塔が町に突き刺さったように建っている。
「なんか活気のない町だな・・・・・・、大きな町なのに人がいないような」
 これだけ発展した状態が残っているにも関わらず、人が出歩いてない。まだ斜陽からしても昼過ぎだというのに。
「情報を得るには、人がいないと……」
 瞬間、銃声が響いた。
 幾度なく聞いた、あの轟音(ごうおん)が空を震えさせる。
「!?」
 蒼真は反射的に横に飛ぶと、長身の男が蒼真の居た位置を疾走していった。その後に、軍人が二人通り過ぎていった。
「軍人……!?」
 人が居ないことをいいことに、携帯している拳銃を発砲し続けている。どうやら長身の男が追われているようだった。
 だが、このような騒ぎが起きても誰一人として外に出るものは居ない。
 蒼真にとってはこれは悪いことだ。よりによって軍人がいるなんて……。あの旅商(略)さんもここに軍人が居るってことを言ってくれてもいいのに! と蒼真は愚痴をこぼした。
 だが、すでに取るべき行動は決まっていた。
「・・・・・・とりあえず追いかけよう」
 逃げていた男が心配だし、軍人がこの町を制圧しているのなら、情報がたくさん手に入るはずだ。それに、あの男がなにか知っているかもしれないと思ったからだ。

 だが、追いかける必要はなかった。
 
 その男が逆走。つまり蒼真に向かって走ってきた。
「え?」
 しかも、後方から銃弾が飛んできている。
「危ない! ……危ないってッ!!」
 だが、蒼真が叫んでも銃声がうるさくて男には聞こえていない。
 そして、蒼真がもう一度叫ぼうと思ったら既に男が目の前まで来ていた。蒼真は反射的に体をひねって男を避け、前を走っていた軍人に足払いをかけて、もう一人がバランスを崩した瞬間に後ろに回りこみ首を叩いた。
 軍人が体勢を立て直している数秒の間に長身男を追い抜いて、その手を引いて走った。
「付いて来て!」
 前だけを見て全力疾走する。やがて建物の密集区に出たらしく、裏道が沢山あったのでそれの一つに飛び込む。……静寂がしばらく空間を支配する。
「……どうやら上手く撒けたみたいです」
 言って、蒼真が改めて男の顔を見ると、みっともないがぽかんと口を開けたままになってしまった。
 まず、男は日本人じゃない。髪は金髪だから染めているのかと思ったが、瞳は緑色だった。近くで見ないと顔立ちも異国のものとは判らない。
「サンキュー。助かった」
 しかも、日本語を話せるらしい。訛(なま)りなどは全くと言っていいほど無い。日本には長く居る証拠だが、さすがに年齢までは判らない。
 お互いに息を整えた後、金髪男が話しを切り出した。
「本当にごめんな。まさかいきなり発砲されるとは思ってなかったもんで」
「……なんで追われてたんです?」
 男は蒼真の目をまっすぐ見て言った。
「いやぁ、ただこれを持ってただけなんだけど」
 そう言って見せてきたのは、明らかに拳銃だった。しかも2(ちょう)も腰に掛かっていた。
 さらに男は背負っていた大きなバイオリンケースのようなものを丁寧に地面に置いた。
 パチッ、とケースのロックを外すと中から出てきたのは、狙撃用に使われるスナイパーライフルというものだった。しかも全長で2mはあろう代物だ。ずっと前にナクラル村に来た商人が似たような物を持っていたから間違いない。
 そして蒼真は確認するかのように言った。
「こんなもの持ってたら、撃たれても文句言えませんね・・・・・・」
「この町に入った時にな、職務質問みたいなのされてさ。武器持ってたら『反逆の恐れ有り!』とか軍人が叫んだと思ったら、いきなり撃たれたんだよ。……直撃しなかっただけ運が良かった」
 ――もう答えは出た。この町に入ったときに番人すらいなかったのは、この男が騒ぎを起こしていたからだった。しかも、蒼真は巻き込まれてしまったわけだが。
 本当に世の中は物騒になってしまったな、と思う。
 しかし、それよりも気になるのはこの男。こんな狙撃銃を持って何をしているのだろうか? いや、何をしに来たのか。こんなもの、人を殺す以外使い道がない。
 蒼真の疑問は重なるばかりだが目的を忘れてはならない。
 だが、とりあえずこの町のことから聞いてみることにする。
「ちょっといいですか?」
「ん? いいぞ。なんでも聞いてくれ」
 蒼真は男の了解を得て話し出す。
「この町に人は住んでないんですか? さっきから誰も見かけませんけど・・・・・・」
 男は小さく息を吐いて、
「やっぱりお前もそれが気になったか。俺もこの町に来るのは初めてだが、ある程度は知っている。――あの中心の塔な。あれは軍の軍事施設で、あれがある限り住民は外に出られない。住民は軍人が怖いからな。」男は銃を磨きながら、「この町は軍が無理やり保護している。保護という名の占領だよ。逆らう者には容赦なし、平気で人を殺す」
「そんなことが・・・・・・それは、やっぱりここだけの話じゃないですよね・・・・・・?」
「あぁ。俺は各地を回ってきたが同じようなものさ」
 蒼真は感心した。この男はちゃんと世界を見ている。ということは、職業柄各地を転々とするようだ。しかも、武器を持って。
「お仕事は何をしているんです?」
 こんな狙撃銃を持って『ただの旅の者です』なんて言われたら絶対にウソだ。
 蒼真は真剣な目で男を見る。
 そして男は始めにこう言った。
「連合軍の反抗勢力(レジスタンス)『全の輪(リングス)』の狙撃者(スナイパー)。仕事は軍事施設の制圧と、軍に縛られている住民達の解放だ」

「それじゃあ各地の軍事施設を破壊しながら世界中を旅しているってことですか?」
 今までの話をまとめればそうなる。が、男はちょっと違うなと否定した。
「破壊じゃない。制圧だ。さすがに一人で制圧できるわけじゃないから、『全の輪』の支部と共同で制圧をする。攻撃をしかけ、施設内の敵が全員撤退したらその施設を軍事施設としてではなく他の施設として利用しているのさ。例えば、……展望台にするとかな」
 なるほど、それはユニークでいい考えだ。蒼真は顔を(ほころ)ばせて質問する。
「それじゃあこの町の軍事施設も展望台にしに来たんですか?」
「まぁな。本当なら応援を頼むところなんだが、いいものが手に入ったからな」
「いいもの、ですか?」
「これこれ」
 男が心を込めて磨いているのは、スナイパーライフルだ。
「この町に入る前、旅商人みたいなおっさんに貰ったんだよ」男は嬉しそうに、「『こんな重いものなのに、全然売れないから貰ってくれませんか?』だってよ。1秒で即答したね」
 それは先ほど蒼真に道を教えてくれた人だろう。やっぱり旅商人だったのだ。不思議な人だったなぁー、と蒼真は今更思う。
「それじゃあ次は俺からの質問だ」
 いきなり男が蒼真をまっすぐに見てくる。探られてるような感じがして、蒼真は少したじろぐ。
「君も一人旅だろ。旅の目的は?」
「僕はずっと小さな村に住んでいたので世界のことをよく知りません。それを見てみたかったからです」
 軍の研究で利用されために、不幸になった異能者の仲間を助けに行くためです、なんて蒼真は言えなかった。
「ふぅ〜ん。本当にそれだけ?」
(うっ、バレてないよな? ・・・・・・平常心、平常心)
「はい。それ以外はなにもない――」
 突然男が立ち上がり、ホルスターから銃を取り出して蒼真に銃口を向けた。
「なに、するんですか・・・・・・!?」
「いやぁ、ごめん。君、ウソ言ってるだろ。助けてもらったことは感謝しているが、考えもなしに軍人に対して攻撃行為を行うっていうことは軍人に対してなにか恨みでもあるんだろう? それに、お互いに顔は向こうに知られた。バラバラに行動したら危険だ。君には俺の仕事を手伝ってもらう。それと君に拒否権はない。これは命令だ。俺に従ってもらう」
 初めての旅で最初の町でいきなりこんなことになるなんて・・・・・・呪われてるのか、と蒼真は思った。この不幸は、すでに迷った時点で始まっていたのかもしれないが。
「・・・・・・判りましたよ。ちょっと強引ですよ、あなた」
「すまないね。戦闘生活が長いとちょっと荒っぽくなるもので」
 男は銃をホルスターにしまい、ケースを持って路地裏から出る。もう追ってくる者はいないようだ。
 っていうか、肝心なことをまだ終えていない。
「そういえばまだ名前聞いてませんでしたね。僕は井之上蒼真です。あなたは?」
 その男は振り返りざまに言った。
「俺はガナード=ディジェックだ。愛称はガディ。よろしくな」
 本当に面倒なことに巻き込まれてしまった。今更遅いが後悔してる。
 これが後悔先に立たずということなんだろうか。
 蒼真はしばらくまとまらない考えに頭痛を覚えた。


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