【 Chapter-3<隣に在る虚> 】
四月二日 午後三時五分 第四学区メインストリート 慣れない全力疾走で上手く呼吸が出来ない。こんなことなら 俺は人混みに視線を移す。水無川学園の制服を探すが、見つからない。集団下校にしたがって皆そのまま自宅待機なのだろう。 「けど、どうかしてるねぇ、俺も」 こんなにも感情的になったのは久しぶりだ。一瞬頭を過ぎった映像。血まみれの女。だが、そんなもの俺は知らない。記憶にないんだ。なのに、どうしてその映像が結びついてしまったのか。 もしかしたら小枝倉を探すというのは方便で、さっきの映像の答えが知りたいだけなのかもしれない。正直じゃないよな俺。 と、唐突に背中に衝撃が走った。 「おおおおお!?」 派手に回転して目の前の壁に突っ込んだ。人通りが少なかったのが幸いだが、行く人々がなんだなんだとこっちを見ている。最近こんなことがあったばかりだから、まさかと思ったが。 「お前か、阿宮……」 私服姿の 「すまない三上君。どうもこの馬鹿はラリアット以外のスキンシップを忘れてしまったようだ。おいお前、今すぐサルまで退化しろ」 「人をバカにすんのも対外にしろよ その発言がすでにバカだということに気付かないのかコイツは。土を払って、阿宮の頭に無言で一撃を加えると室生に向き直った。 「で、お前らは何をしているんだ?」 「この馬鹿がね、ご両親が仕事で遠出するのを忘れていて食料を買っていなかったらしい。というか最初からウチに乗り込む魂胆だったのだろうけど。それで買い物さ。そういう三上君は何をしてるんだい? 集団下校を抜け出して、どこに行ってたのかな」 ……バレてたか。室生はそういうとこ鋭いみたいだな。 「集団下校については何も聞くな。小枝倉と連絡が取れなくてな。心配になって探しに出たんだ。和歌森も探してる。もしお前らが小枝倉に会ったら伝えてくれ、和歌森か俺に電話しろって」 「……僕たちも手伝おうか?」 「いや、お前らは買い物を続けてくれ。そこまで大事にされたら小枝倉が困るだろ」 苦笑して俺は言う。あいつ自身大事になるのは望んでないだろうしな。こっちが勝手に焦ってるだけだ。 「小枝倉が見つかったらお前に連絡するよ、それでいいか?」 「ああ、分かった。……おい行くぞ馬鹿。いつまで頭を抑えている。それ以上馬鹿にはならないから安心しろ」 「チクショウ、三上テメェ……。手加減しろよな」 「俺が手加減されたことないからな。おあいこ、だろ」 言って「また明日」と俺は駆け出した。まずはこの通りに沿って探すか。 同日 ?時?分 ???? 和歌森結命 どこかの暗闇。この場所には音しか存在しない。 三上に、美咲の行きそうな店をあたってくれと言われたが、あたしは此処にいる。 「赤夜、いるんでしょ。早く出てきなさいよ」 闇に呼びかけた一瞬の閃光の後。水無川学園理事長、 「なんじゃ、 「でもね。昨日殺人現場見てきたけど、アレ多分【 「つまり腐肉が関わってるかもしれないから、妾に手を貸せと。そういうことじゃろう」 「さすが、話が早い!」 ……と言いつつ内心イライラしているわけだけど。勿体ぶってないでさっさと教えろってのよ。全部知ってるでしょ、あんたは。 「まぁ、いい。貴様とは切っても切れない関係じゃからな。少し恩を売っておくかのう」 「……抜け目無いわねロリっ娘」 「殺すぞ」 「帰りにプリン買ってくるから怒らないでよ」 あたしが優しく言うと途端に赤夜の怒気が霧散した。威厳高き理事長の弱点がプリンだということは、あたししか知らない 「それじゃあスパッと片付けてくる」 「うむ。だが、油断するなよ」 忠告を背で受けて暗闇から抜け出す。さぁ、美咲を迎えに行こう。 四月二日 午後三時三十五分 第四学区喫茶店『☆デトックス☆』前 三上天人 結局小枝倉を見つけられぬままデトックスに着いてしまった。ったく、どこに行っちまったんだが。もしかしたら電話が繋がるかもしれない。携帯を取り出しリダイアル。呼び出し音が何回か繰り返された後、気付いた。 路地裏から微かに響いている音に。 ――今流行りのJ-POPのフレーズ。小枝倉が好んで設定していた着信音! 「小枝倉!」 俺は叫んで路地裏に駆け込んだ。太陽が雲に隠れているせいで、路地裏には闇が広がっている。携帯のライトで照らす。一歩先しか見えない空間を、少しずつ進んでいく。石を蹴飛ばした、空き缶を蹴飛ばした、パイプに足をぶつけた。視覚が封じられたこの空間では、徐々に大きくなる着信音だけが頼りだ。 そんなことを繰り返してかなり奥まで進んで行くと、5メートルぐらい先に横たわっている人の姿が見えた。そして音の発信源である携帯の画面が点滅している。俺は確信して、一歩を踏み出した。瞬間、 「見ィツケタ!!」 と、粘着質な声が頭上から降ってきた。同時に身体が後ろに吹っ飛ばされる! 「ぐっ!?」 倒れそうになるのを踏ん張って、上体を前に倒す。眼前を睨むと、誰かがいつの間にかそこにいた。雲に隠れていた太陽が顔を出したのだろう。路地裏に光が差し込み、男の顔が見えた。やせ細った長身、短髪、血走った目、30代ぐらいの男の右手には短剣が握られていた。 「お前が連続殺人の犯人かっ!?」 拳を握りながら問う。こんなにも通り魔のイメージが合致する奴だ、間違いないだろう。だがナイフ相手に拳じゃ、勝てる気もしない。でも、奴の足元に倒れている小枝倉を見捨てるわけにはいかない。俺が助けないと! やるしかない。多分コイツからは、絶対に逃げられないから。 「あぁ、そうだよ。人ノ身体ヲ裂クノハ面白インデネ。癖になっちまったよ。ダカラ、お前も殺されてくれッ!」 なんだこの声。歪んでて、濁ってやがる。人じゃない声が重なってるみたいだ。 と、男の叫びに答えるように短剣から紫色のモヤが発生した。なんだあれ、目くらましか? 「……? オマエ、…………!?」 男は俺を見据えると突然狂って笑いだした。おぞましい、笑い声が路地裏に響き渡る。 「ここに入ってこれたってことは当たりかと思ったがよ! ギャハハハハハハハハ! コリャイイ、まさかこんなところで見つかるなんてな!」 ナイフを右手で握り、左手で添えるようにして、男は体制を低くした。 来るッ!? 「サァ寄コセ! お前の ぱんどら? 聞き慣れない単語に虚を突かれた瞬間、胸元に激しい熱を覚えた。「熱ッ!?」だが胸元を押さえてる余裕はない。男は一瞬で間を詰めて―― 「死ネェッ!」 一閃、短剣が禍々しく光った。 身体を後ろに倒して後方に跳ぶ。だが、左腕に鋭い痛みが走った。体勢を立て直し、チラリと見るとパックリと皮膚が裂けていた。 「ほおぅ避けたか」 ナイフについた俺の血を舐め取りながら変態が言う。……うわぁだんだん痛みが出てきた。血が全然止まらない。マズイマズイマズイマズイマズイ! 殺される。このままじゃ間違いなく俺はここで死ぬ。情けなく悲鳴を上げてしまいそうになる。逃げ出したい気持ちで一杯だ。 でもな、小枝倉を置いて逃げてたまるか! もう、……失ってたまるか! 「……ふざけんじゃねぇぞ」 ジワジワと怒りが込み上げてた。もっとだ、もっと怒れ! 目の前の男に勝つことだけを考えろ! 「テメェに俺達の日常を壊されてたまるかッ!」 痺れてきた左腕、握った左手に力を込める。 信じろ、俺はこんなとこじゃ死ねない。目的も果たせずに、未練タラタラで死んでたまるかよ! 「威勢ガ良イナ小僧。だが俺にも生活がかかってるんでね。トリアエズ、息の根止めてからじっくり解体すんぜッ!」 ベゴンッ! っと地面を陥没させて男が低空跳躍した、ところまでしか確認できなかった。なぜなら、まるでタイミングが重なったかのように、 白銀の矢が男の背中に突き刺さったからだ。 「グォォォオオオオオオオ!?」 「ぐぁっ!?」 信じられない衝撃波が路地裏を疾り抜け、全身を打ち付けられる。男は俺の遥か頭上を超え、コンクリートの壁を突っ込んだ。それを確認した後、男をブっ飛ばしたモノに目を向ける。 粉塵と土煙が、風に巻かれて内側から拡散し、 晴れた。 「……和歌森?」 銀髪をなびかせ、燃えるような目をギラつかせて和歌森結命がそこにいた。 「お前なんで――」 「詳しい説明は後で。美咲を連れて早くここから逃げなさい!」 和歌森は今まで聞いてきた中でも、一番デカイ声で怒鳴った。俺は弾けるように小枝倉に駆け寄る。口元に耳を近づけると、ちゃんと呼吸をしているのが分かった。良かった、生きてるぞ! 「お前も、逃げるぞ!」 小枝倉をお姫様抱っこして、和歌森に問う。だが同時に、コンクリートを粉砕して男が出てきた。狂ったように笑いながら、和歌森に短剣を向けながら歩いてくる。 「あたしは大丈夫だから、早く行って!」 「バカヤロウ! 武器もないのにどうやって戦うんだよ!?」 和歌森は振り返り、そんなの大した問題じゃないとでも言うように、優雅に笑った。 「女の子は武器をたくさん持ってるのよ。私を信じて、行きなさい!」 その一言に込められた想いを理解した俺は、小枝倉を抱え直して出口へと走った。 すぐに戻るからなと、心に誓って。 突き出された短剣を身体を捻ってかわし、男の胸に前蹴りをお見舞いする。手応えあり! が、数歩後退しただけでダメージはあまりないみたいね……。 「勇マシイネェ、お嬢さん。オレと一緒にお茶でも行かないッ?」 長い腕から繰り出された横薙ぎをしゃがんで避ける。「アンタみたいな血生臭い男、お断りよッ!」胴体を狙って回し蹴り! それを予想していたのか男が腕を畳んで防御に入った。 「もらい!」 防御を読んで、胴から頭へ狙いを切り替えるフェイントキック! こめかみにヒットし、パァンと乾いた音が響いた。大抵の人間ならこれでフラつくはずなんだけど―― 「――カッ! いい蹴りだが、軟弱な蹴りだ!」男が短剣を振り下ろす! 左腕でそれを防ぐが、その隙に蹴り出した右足首を掴まれた。そのまま宙釣りにされる。 しまった!? 「やッ!? 離せ、このッこのッ!!」 踵で思いっっっ切り頭を蹴っ飛ばすが、男は全く聴いてないぞと主張するようにニタリと笑うと、勢いよくあたしを壁に叩きつけた。「あぐっ!」バキバキッというスゴク嫌な音が聞こえ、肺の空気を強制的に吐き出す。激痛があちこちに奔った。 ……あちゃあ、こりゃ折れた肋骨が肺に刺さったかな。呼吸するたびに激痛、息がどこか漏れてるのか、こひゅーこひゅーと情け無い音がする。あらら、よく見たら胸から肋骨の先っぽ見えちゃってるわ。本当、痛いったら・・・・・・。 でもまさか、ただの人間がここまで力を持つなんて……! 壁からズリ落ち地面に這いつくばったあたしは、悠然と見下ろしているクソ野郎を睨む。 「お嬢さん、コレデ分カッタダロウ。オレはもう人間を超えている。コノ能力がアレバ何ダッテデキル! だからよ、ドコマデ通用スルカ試シテェンダ! ナァ、本気を出してくれよお嬢さん、さっきオレを吹っ飛ばした力のようによぉぉぉおおおおおおッ!」 頭目掛けて振り下ろされる短剣を見つめながら、 あたしは自分の顔面がグチャグチャになるのをリアルにイメージした。 後方からコンクリートをハンマーで破壊したような音が聞こえた。一瞬立ち止まったが、すぐに走る。 「無事でいろよ、和歌森……!」 訊きたいことがあんだよ、いろいろと。どうやって場所が分かったのか、どうやって男をぶっ飛ばしたのか、そして何よりも―― 「お前は一体何なんだ、和歌森結命……!」 パッと視界が晴れた。どうやら無事にデトックスの前に戻ってこれたようだ。周囲の人は路地裏から女の子を抱っこして現れた俺に度肝を抜かれていたようだが、すぐに何事もなかったかのように歩き出した。 ……? どういうことだ。さっきから 信じられないが、・・・・・・もしかして聴こえていないのか? 「おろ?」 その時マヌケな声が聞こえた。 「三上君、一体どうしたんだい?」 阿宮と室生が買い物袋を持って立っていた。室生は俺が抱えている小枝倉に気付き目を見開くと、荷物を阿宮に押し付け「警察や救急車は?」と訊いてきた。 「っ!? まだ呼んでない!」 だって、あんな事態、どうやって説明すれば……! 「おい! 小枝倉はどうしちまったんだよ!?」 阿宮が声を荒げる。それを室生が静止し、俺と小枝倉を交互に見ると「大体は察した。ちょっといいかな?」と申し出た。 俺は小枝倉を室生に預けた。室生は手際よく、まるで医者のように、脈、呼吸、瞳孔、外傷を確認していく。触診を終えた室生は俺見て、一言。「大丈夫」そう言った。 ほっ、と力が抜けて膝をつく。そして安堵の息を洩らす。 「本当に、……良かった」 「痕になりそうな傷はない。ただ気絶してるだけみたいだ」 「ありがとう、室生」 俺は室生に携帯を渡す。「ウチの管理人に電話して、迎えに来てもらって。済んだら警察に電話して、待機しててくれ」 「……分かった。でも、くやしいな。何か異常≠ヘ感じるのに、何がオカシイのかが分からない。それについて 「三上君どうするんだい? 君は異常≠ェ分かってるみたいだけど」俺は再び路地裏に向かう「……まだ和歌森が闘ってる。ちゃんと連れて帰ってくるよ」 「そうか。何が危険なのか分からないけど、・・・・・・気をつけて」 不安そうな室生の声に軽く手を挙げて答え、路地裏に向けてダッシュした。 待ってろ、和歌森! |