【 01話<Virtual and Reality> 】
「くそっ!」 ルートタウンに強制転送された瞬間、俺は 短く呼吸を繰り返すうちに、怒りで煮えたぎっていた脳みそは冷え、いつもの冷静さを取り戻してきた。 深く息を吐いて壁掛け時計を見ると、秒針は深夜の一時を回っていた。家族はとっくに寝ている。今この家で起きているのは、俺とパソコンだけだ。HMDを叩きつけた音で誰かが起きてしまったかもしれないが、俺には関係のないことだ。 ここ半年、家族とはまともに会話をしていない。学校を出ると、まっすぐ自宅に向かい、まっすぐ自分の部屋に向かい、パソコンを立ち上げるのが習慣になりつつある。 『The World』が俺の唯一の楽しみだった。 『The World CC社は解散の危機に そして、俺もその千二百万人の内の一人というわけだ。 ネットゲームなんて、ただの時間の無駄になるだけだと思っていた。FMDを通してみる景色はただの繊細なグラフィックだし、『The World』に存在するものは全て二進数のデータの 楽しかった。俺が存在している現実より。 仮想と現実。ただ世界が違うだけで、俺が暮らしている世界となんら変わりなかった。大きな街がある。多くの人がいる。広大な空がある。地平線に続く草原がある。 そして、人々には様々な 普通にゲームをプレイする者もいれば、ゲーム内でいろいろな そして、今の俺には『The World』はなくてはならないものになった。半永久的にやり直しの利く 『 それは 初めから何もかも失った人間を ……話がそれたな。とにかく俺は相手PCをPKをすることで、そいつがログインしてから費やした時間、入手したアイテム、 死の恐怖 ̄KKのハセヲにキルされたという事実が俺を締め付けていた。 パソコンをシャットダウンし、部屋の電気を消して制服のままベッドに寝転がった。……静寂が続いても、なかなか寝付けなかった。 俺はハセヲにキルされる瞬間に死の恐怖≠感じてしまった。俺は、死ぬことが恐ろしいと思ってしまった自分が許せなかった。喪失者は恐怖を感じてはいけなかった。無意識に、何かを得てしまってはいけなかったのだ。 ……考えている間に睡魔が襲ってきた。だんだん考えるのも面倒になったので、俺はそのまま眠りについた。 目覚めると、家は静かだった。時計を見て納得した。すでに午前十一時半過ぎだった。両親はとっくに仕事に出ていっただろう。ちなみに、学校に何の楽しみも 俺を『The World』に誘ったアイツに、会いにいかなくてはならない。 制服のまま寝ていたので、着替えずに部屋を後にした。 手ぶらのまま学校へと向かう。勉強なんてする気はないから、持っていくべき教科書など必要ない。俺は、我が家から徒歩十分の位置にある ボンヤリしながら歩いていたら、あっという間に学校へ着いた。門、下駄箱、廊下、階段、廊下。まだ授業中だから、当然誰とも会わなかった。教室の前を通るたび、教師による教科書どおりの長々しい理論の熱弁が聞こえる。生徒はどんな顔をして聞いているだろう。 自分の だが、一人だけ俺に向かってくる男がいた。 「社長出勤お疲れ様」 一切 「ちげぇよ。起きたら十一時半だっただけだ」 「……また夜遅くまで『The World』をやってたのかい?」 「聞くまでもないだろ。でだ。お前に頼みたいことがある」 「おや、頼み事なんて珍しいね。とりあえず昼飯でも食べながら話さないかい?」 劉治と俺の席は隣り合わせだ。女子が少ない学校なので、自然と男子が隣り合わせになる。劉治は席に戻るとカバンから弁当箱とパン一個を取り出して、パンを俺に投げてきた。俺はそれをキャッチすると、微笑んでる劉治の顔を見た。 「どうせ朝も食べてないんでしょ? それあげるよ」 「あぁ、わりぃな」 席に着き、パンを口に運んだ。食ってみたらクリームパンだった。 「……それで、頼み事って?」 あまり話したくはないが、これを言わなければ 「――昨夜、ハセヲにキルされた」 劉治は俺の言葉を静かに受け止め、それでも瞬き一つしなかった。 「……そうか。残酷で名高い血霧花≠熈死の恐怖≠ノは勝てなかったんだね」 大して驚きもしていない口調で、劉治は言った。 「おい、ちょっと声量を落とせ。俺が血霧花≠チて知られたら面倒だ」 このHRには『The World R:2』をやっている者が何人かいるだろう。もしかしたら、俺にキルされた奴がいるかもしれない。だから無用心に血霧花≠フ名前を出すわけにはいかない。 「おっと、そうだったね。ごめんよ。それで、どれぐらい戦っていたんだい?」 「三十分。レベルもステータスも、ほぼ同じだった。違いがあったとすれば、同じ 「それでも、負けたんだよね。フォームの段階、っていうことは武器の数に負けたのかな?」 錬装士はジョブエクステンドするごとに、使える武器が増えていく。キャラエディットの段階で、使っていく武器を選択するのだ。俺は 「いや、武器の数は大した問題じゃない。いくら多くの武器を使える錬装士でも、使用する武器の 「多くの武器を使えても、個々の武器の習熟度を上げるのに時間が掛かる上、なかなか極められなくてアーツを覚えられないから。錬装士が弱いって言われてるのはそこだよね」 アーツとは、職業で覚える戦闘用のスキルだ。武器の習熟度が上がると、使えるアーツがどんどん増えていき、戦闘をスムーズに行えるようになる。錬装士は全ての職業の武器を使えるから、覚えるアーツの数は相当な量になる。 「俺はいつものエリアで 「そこにハセヲがやってきたわけだ」 俺の言葉を読んで、劉治は先に言った。俺はそれに無言で頷く。 「乱入してきた瞬間にハセヲは大剣を俺の頭上に叩き落としてきた。俺はそれを回避すると、すぐに反撃しようと古刀を構えた。が、流れる動作でハセヲは叩きつけた場所を軸に回転。大剣の風車が俺を襲った。 「それで、そのままやられたのかい?」 「んなわけあるか。こっちも 一気に話したので、軽く息を整えた。ここからが 「ハセヲに隙が出来たのは、それを十回ほど繰り返したときだった。俺は、またとないチャンスをモノにしたかった。すぐさま上級アーツを放ったさ。……でもな、それはハセヲの 「そのまま 「『The World』では首は飛ばないし、血のエフェクトも出ない。酷いも何もないさ。それで、ハセヲは俺を殺す前に気になることを言った。『お前も、あの情報屋も使えねぇな』ってな」 「なるほど。事情は大体分かったよ。僕に、君の情報をハセヲに売った情報屋を探せっていうんだろう?」 「そうだ。 「……少し時間は掛かるけど、最近ハセヲに接触した情報屋を探してみるよ。 「……感謝する。それとお前、 半日前にハセヲに言われたセリフを、まさか俺自身が言うことになるとはな。 「あぁ。それなら結構噂になってるよ。半分以上がただのガセネタだろうから、こっちでは扱ってないけどね。三爪痕のことが知りたいなら、よもやまBBSの『The World』板かうわさ板を見てみるといいよ。やっぱり半分以上が都市伝説や怪談話で笑っちゃうけどね」 劉治はクスッとバカにするように笑った。劉治がそんな風に笑うということは、本当にくだらない話ばかりなのだろう。 「よもやまBBSだな。それは見てみるよ。だけどお前に調べてもらうのは三爪痕のことじゃない。なぜハセヲが三爪痕に 「なるほど……、興味ある話だね。死の恐怖≠ェただの噂話を信じているわけでもなさそうだし……。ふふ、喜んで引き受けるよ」 「お前ならそう言ってくれると思ってたよ」 話が終わるころには、貰ったパンを食べ終えていた。クリームの甘さが口内に残り、嫌な顔をしていたら、無言でお茶を差し出された。俺もまた無言で受け取る。 「それで今日はどうするの?」 「どうするって、なにが?」 劉治は呆れながら「午後の授業。もうちょっとで始まるよ」 「あぁ」俺は失笑した。「サボる。っていうかもう帰るぜ。今日はお前に会いに来ただけだからな」 「嬉しいね、まったくもう。……単位はどうするのさ。そろそろ真面目に授業受けないと、下手したら留年だよ?」 キッパリとキツイことを言ってくれる。だが、事実だから何も言い返せない。 「今度来たときはちゃんと受けるよ」 嘘だが。 「絶対だからね。君を心配してる僕のことも少しは考えてよ」 「分かってる。でも今はやらなくちゃいけないことがある」 「……君を『The World』に誘ったのは間違いだったのかな」 「今更だな。俺は感謝してるぜ」 「そうか。……それじゃあ帰ったらすぐにインして情報を 「頼りにしてるよ。ただ一人の俺の友人として」 「任せてよ。ただ一人の君の友人として」 短く笑い合うと、身を翻してドアへと向かう。その時ふと思い出したことがあった。 「そうだ。劉治」 「なんだい?」 俺はドアをくぐり、廊下に出てから言った。 「早く携帯買えよ。じゃないと今日みたいにわざわざ学校まで来なくちゃいけないからな」 劉治の返事を聞く前に、俺はドアを閉めた。 帰宅後、すぐにパソコンを立ち上げた。 ハセヲの目標を奪えるなら、それは俺にとっての最大の幸福。 喪失者は他人から何かを奪わなければ、成立しない。ハセヲから何もかもを奪い、徹底的に苦しめて、それからブチ殺してやる。 画面に反射して映る、己の狂気に満ちた顔を見つめ、自嘲しながら、HMDを装着、コントローラーを手に持ち、 『 |