02話<Blood Fog Flower>

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 (デルタ)サーバーのルートタウン。悠久(ゆうきゅう)古都(こと)マク・アヌ。石造りの建物が多数存在し、ドームを始め四区で構造された街。海に繋がっている一本の川が街に差し込むように流れている。中央区と港区を繋ぐ川の上に作られたアーチ状の大橋で、俺は柵に腰掛けて夕日を眺めていた。
 午後四時。インしてから約三時間が経過していた。とりあえずインした状態で放置し、劉治(りゅうじ)の言っていた『よもやまBBS』を閲覧(えつらん)していた。確かに、うわさ板で『トライエッジ』と検索したらすぐにヒットした(掲示板ではまだ三爪痕という呼び名はないようだ)。早速一つ一つ書き込みをチェックしてみたが、どれもくだらない話ばかりだった。トライエッジにキルされたPCは三角形の爪痕が残り、三日後にデータが破壊されるとか。トライエッジにキルされたPCのプレイヤーは、一週間後に死ぬとか。どれもこれも仮想と現実共にありえない話だ。そもそも、書き込みをした連中は三爪痕(トライエッジ)に遭遇したことがあるのだろうか? どの書き込みにも外見描写はなかった。
 しかし、そろそろ噂話や都市伝説にも飽きてきたころ、一つの気になる書き込みを見つけた。七年前に『The World』で活躍した赤い双剣士に、三爪痕が酷似(こくじ)しているらしいというものだった。恐らく、古参(こさん)のプレイヤーの書き込みだろう。
 ……赤い双剣士。今度、劉治に調べてもらおうか。
 そして、うわさ板にはもう一つ奇妙な話が書き込んであった。それは、大聖堂の白い少女の話だ。大聖堂こと『グリーマ・レーヴ大聖堂』は太古(たいこ)の地、ロストグラウンドの一つである。エリアワード【△隠されし 禁断の 聖域】で転送することが出来る、モンスターもオブジェクトも一切無いエリアだ。大聖堂を中心に断崖(だんがい)が広がっていて、プラットホームから伸びる一本の道のみが、大聖堂へと続く架け橋(か  はし)になっている。……そして奇妙なことに、大聖堂内は歌≠ェ聞こえる。ただのBGMなのか、それとも誰かが歌っているのか。とにかく謎の多いエリアなのは確かだ。
 大聖堂といえば、『The World』の舞台設定にもあったな。前文は覚えてないから省略するが、確かこういう話だ。

 人と神々の戦争があった。
 地に存在していた八人の神の内、七人は次第に天上へ帰って行ったが、女神『アウローラ』だけは地上に残った。人は神々の光が失われるのを恐れ、八つの呪いをアウローラにかけて『グリーマ・レーヴ大聖堂』に封印した。女神が囚われたことを知った七人の神々は怒りに震え、人を滅ぼすことにした。人も、開発に成功した呪紋兵器(じゅもんへいき)を使い神々に抵抗した。
 しかし、人は神の敵にはなりえなかった。空中都市『フォート・アウフ』は空から落とされ、高山都市『ドゥナ・ロリヤック』は落ちてきたフォート・アウフに押し潰され、文明都市『カルミナ・ガデリカ』は神の雷の前に壊滅し、多くの人が死んだ。
 人は神に立ち向かう最後の手段として、グリーマ・レーヴに封じられているアウローラの力そのものを呪紋に変え、天上に打ちこんだ。神々は炎にまかれて逃げ(まど)い、次々に天上から落ちては死んでいった。人も、女神の力を打ち出した紋章都市『リア・ファイル』と共に粉々に砕け散り、消滅した。

 C C(サイバーコネクト)社も考えたものだ。2年前の大火災で失ったサーバーを、『R:2』の舞台設定に置き換えるなんてな。苦肉の策だったろうが、それは自業自得だ。
 この設定だけを見ると『白い少女=アウローラ』ということになるが、女神を少女と言い換えるのには、なにか不自然な点がある。……一つ気になり始めると止まらないな。大聖堂には三角形の爪痕(サイン)もある。爪痕を残したのは十中八九三爪痕(トライエッジ)だろう。何の目的で爪痕を残すのか知らないが、CC社は認知しているのだろうか?
 ……ハセヲと出会ってから『The World』の知らない部分が大きく見えてきた。あまり深入りしないほうがいいのかもしれない。三爪痕と白い少女については保留にしておこう。
 考えることが苦手な俺が、久しぶりに活動させた脳を冷やしていると電子音が鳴り、ショートメールが届いた。ショートメールは『The World』のみで使える、簡単なメッセージを伝えるための携帯のメールのようなものだ。メールを開くと、差出人は劉治――ここではフィクス――からだった。
『今からそっちに行くよ』という簡単な文章だった。それから一分も経たないうちにフィクスがやってきた。優男の妖扇士(ダンスマカブル)は軽く手を振ると、隣に来て柵に寄り掛かった。
「ごめん、ちょっと遅れたね」
「よもやまBBSを見ていたからな。退屈ではなかった」
「そうか」フィクスは短く笑って「見つけたよ。ウチのギルドにお得意(、、、)の情報屋が、最近ハセヲに接触していた」
「仕事が早いな。まだインしてからあんまり時間経ってないんじゃないか?」
 学校の授業終了時刻は三時二十分だ。S H R(ショートホームルーム)もあったろうし、学校から急いで帰ってインしたとしても、まだ少ししか経ってないはずだ。学校に行ってない俺が、授業の終了時間とかを覚えているのも、皮肉な話だがな。
「なに言ってるんだい。少しあれば充分だよ」
「……さすが巨大情報屋ギルド【大運河(だいうんが)】のギルドマスターだな」
「大したことじゃないよ。事の詳細はメールに添付しておいたから、後で目を通しておいてね」
「分かった」
「簡単に説明だけしておこうか。情報屋の名前はルーズ。男の撃剣士(ブランディッシュ)で、レベルは中級者程度。根っからの情報屋を役割(ロール)している。最近、とある事情から大きな収入があったらしい。仲間内(なかまうち)に自慢していたみたいだよ」
 だからすぐに足が付いたんだけどね、とフィクスは微笑していた。
「で、その大きな収入っていうのはもちろん――」
「ロストの情報をハセヲに売ったときの代金だろうね」
「ハッ、馬鹿な野郎だ。売る情報と買わせる相手(、、、、、、、、、、、)を素晴らしいほどに間違えた」
「それじゃあ、火が付いたところで。【△いざり寄る キミの 巣立ち】ここのダンジョンの最深部、つまり獣神像の部屋にルーズは居る。そこを受付にしているらしいよ」
「【△いざり寄る キミの 巣立ち】だな。恩にきる」
「それじゃあ僕は、もう一件のほうを調べてみるよ。ギルドエリアに戻るから、事が済んだらショートメールで連絡してから来てね」
「あぁ」
 俺は柵から離れ、後ろ向きに軽く手を振ってカオスゲートに向けて歩き出した。


 カオスゲートはタウンとフィールドを繋ぐ転送装置である。Aパート、Bパート、Cパートと、エリアワードを三つ選択することにより、エリアへと転送されるシステムだ。【△いざり寄る キミの 巣立ち】を選択してみると、なんとレベル1のエリアだった。初心者エリアに身を構えているとは、……呆れてものも言えない。器の小さいヤツだなと思ったら、怒りが増した。
 転送された場所は、洞窟(どうくつ)に作られた迷宮タイプのダンジョンだった。洞窟を石積みで補強した、植物も水もある場所だ。恐らく、フィールドの地下にあるという設定なのだろうな。木の根っこが、あちこちから突き出していた。
 ダンジョンは大抵、地下三階を目指すことになっている。丁度良く、ミッションと目的が同じなので地下三階を目指すことになった。妖精のオーブを使用して、階段のある場所を表示。現在地点から最も近い道を通って階段を目指すことにする。
 メールに添付してあったテキストファイルを開くと、ルーズという名の情報屋の詳細が一ページ分載っていた。ルーズの売る情報は、確かな信用性が欠けるものばかりで、あまり良い評判は聞かないらしい。どうやらフィクスも、この手の情報屋らしからぬ情報屋(、、、、、、、、、、、)には困っているらしく、情報の一番下の行に『P.S いい機会だから、らしめてやってね』と書かれていた。無論、遠慮する気は微塵みじんもない。徹底的に殺してやる。
 途中のザコモンスターを無視しながら洞窟を進んでいく。レベル1のモンスターと俺では、天と地の差がある。戦闘するだけ時間のムダということだ。一撃で9999のダメージ。つまらない。『The World』では、強者というものは退屈なのだ。ハセヲとの戦闘以来、強者との血肉踊ちにくおどる戦闘をすることはなかった。
 階段が近づいてきたその時、退屈しのぎを見つけた。俺の前方でバトルエリアが展開されているのだ。
 ここで考えが一つ浮かんだ。
 初心者エリアにいるPCは、もちろん初心者。情報を買いに来た上級者という可能性もあるが、わざわざ信用のない情報を買いに来ることはないだろう。初心者がモンスターに苦戦しているか、それともPKに襲われているか。そのどっちか、というわけだ。どっちにしろ、上手くいけば楽しい展開が待っている。口元がニヤけるを我慢しつつ、静かにバトルエリアに割り込んだ。

 そこに居たのは一人の女双剣士ツインソードとザコモンスターが三体。やはり初心者なのか、ザコ相手に必死に剣を振るっている。俺の乱入に気付いた様子もなく、目の前の敵に集中しているようだ。――俺は慣れた動作で、2ndフォームのジョブエクステンドで使用できるようになった銃剣(クリティカル補正の懐銃剣)を空間から引き抜き、矛先をモンスターに向け、立て続けに三発発砲した。全ての銃弾はモンスターに命中し、一撃で仕留(しと)められた三体は同時に消滅した。
 一瞬の出来事に、双剣士は唖然としていた。バトルエリアが解除され、静寂(せいじゃく)が空間を支配する。しばらくお互いに突っ立っていると、いきなり双剣士が怒鳴(どな)った。
「横取りしないでよ、バカ!」
 ――大抵の初心者は、優しい顔の仮面を被って助けてやると「ありがとうございました」とか謝礼を述べてくるはずなんだが、こいつは違った。いつもなら信用を得てから切り刻むのだが、この(さい)しかたがない。
 古刀ではなく、暗殺剣(あんさつけん)血染丸(ちぞめまる)を引き抜き、双剣士の喉へ突きつけた。突然のことに声が出ないのか、双剣士は黙ったまま顔が青ざめていく。殺意を向けられたのは初めてなんだろうな。(おび)えているのが分かる。
 やはりPKされるよりPKしたほうが面白い……!
「ノコノコ付いて来たところを切り崩そうと思ったが、気が変わった。お前みたいな強気な人間は、体験より見学のほうが頭に残りそうだな」
 俺の言葉を理解できていないのか、それとも恐怖からか。双剣士は青白い顔のまま困惑(こんわく)していた。さらに(たた)み掛けるように俺は言葉を突き刺す。
「黙って付いてこい。逃げようとしたら殺す」
 俺の警告を素直に受け取ったのか、双剣士は階段へと歩き出した俺に付いて来た。それを確認すると、血染丸をしまった。どうせいつでも殺せる。地下二階に降りても、お互いに無言のままだった。そして地下三階に降りたとき、ようやく双剣士が口を開いた。
「どうしてこんなことするのよ」
「俺の退屈しのぎ」
「……」
 どうやら会話は終わったようだ。しかし、なんだかんだ言って付いてくる。いや、付いて来いと言ったのは俺だが。逃げ出そうとしないのも生意気で腹が立つ。
 蒸気扉にチム玉を投入して扉を開ける。と、BGMが変わり光の粒子が飛び交う廊下(ろうか)に出た。その奥に獣神像、審神者(さにわ)の神『フォルセト』の像があった。そして、守られし宝箱の上に腰掛けている罰当(ばちあ)たりな撃剣士のPCを見つけた。フィクスのくれた情報と照らし合わせると、そいつがルーズなのは間違いなかった。
 俺はニタリと笑うと双剣士に「動くな」と命じて、前に出た。ルーズは客が来たのかと思ったのかノコノコとこちらに歩み寄ってきた。
「上級者の人がわざわざココに来たってことは、情報をお買い求めですかぃ? それとも、……ただの初心者支援で?」
 ()びを売ってくるところが商人らしくて、どこかイケ好かない。
「情報を買いに来た」
「どんな情報をお求めで?」
 俺は愛想笑いをこぼして、こう言った。

「ハセヲにロストの情報を売った、情報屋について」

 は? と、ルーズの気の抜けた返事を聞いた瞬間、俺は血霧花(ちぎりばな)≠開花させた。暗殺剣・血染丸を引き抜き、ルーズの顔面を狙って斬撃を放った。赤い霧のエフェクトがルーズの顔面を襲うが、斬撃が来るやいなやルーズはその場に腰を抜かした。そのおかげで斬撃は回避したようだが、ケツを引きずるように後ずさりしている様は滑稽(こっけい)としか言いようがない。
「胸に抱いた彼岸花のデザイン、赤い霧のエフェクト……。まさか、あんたが血霧花≠ゥ!?」
 ルーズは情けない声で(わめ)き散らした。
「だったらどうする」
 血染丸を突きつけると「ま、待ってくれッ」と声を裏返して必死に弁解(べんかい)を始めた。
「俺は血霧花≠ェいるエリアを死の恐怖≠ノ教えてやれって頼まれただけなんだ! 依頼人は、ロストが三爪痕の情報を知っていると言えばハセヲは必ず喰い付いてくると言っていた。実際、ハセヲに情報をチラつかせてみたら、そいつの言ったとおりになったから俺は怖くなった! だが、報酬(ほうしゅう)がすごい額だったから安心してたんだ!」
 また三爪痕か。やはりそれがハセヲの動力源となっているようだ。
「それで、その依頼人の名前は?」
「名前は知らない!」
「チッ、じゃあ依頼人の外見を教えろ。素直に教えれば見逃してやる」
「話す、話すよ! だから約束は守ってくれ!」
 追い込まれた者は逃げ道を作ってやれば、ほいほいなんでも言ってくれる。フィクスが昔、俺に教えてくれたことだ。思惑(おもわく)通りに事が進むと、気持ちがいい。
「珍しい型の銃戦士(スチームガンナー)だった。サングラスをしてて、左腕を巨大な拘束(こうそく)具で固めた奴だ!」
「拘束具の銃戦士だと?」
「あぁそうだ、そいつが全部悪いんだ! 俺は悪気があってやったんじゃない! さぁ、依頼人の情報は話したんだ。約束どおり見逃してくれ!」
 もう何も知らないようだな。俺は見切りをつけてルーズの顔をじっと見つめた。苦渋に満ちた顔。自分は悪くないんだという念が、腐った表情から(にじ)み出ている。
 俺は腹の底から声を出して、狂ったように笑い出した。俺の突然の奇行(きこう)に、ルーズも双剣士も奇妙なモノを見る目で震えていた。
 ひとしきり笑った俺は、ルーズに吐き捨てるように告げた。
「この俺が、慈悲(じひ)でお前を助けるとでも思ってたのか?」
「えッ!?」
 ルーズの顔面が絶望に満ちた。そうだ、俺はこの顔が見たかった!
勘違いするなよ(、、、、、、、)。最初からお前を殺すつもりだった。必要なことさえ聞き出せれば、お前はもう用済みだ」会話が終わると同時、血染丸を振りかざす。
「やめて!」
 ここで初めて双剣士が仲裁(ちゅうさい)に入ろうとした。が、もう遅い。
 ザシュッと、ルーズの首を切裂く音が聞こえた。確かに、殺しても血のエフェクトは出ないし首も飛ばない。だが殺したという事実はそこにあった。噴き出る血のように赤い霧が、静かに崩れ落ちるルーズを(おお)った。灰色になったルーズを足蹴(あしげ)にして、俺は振り返った。
 さて、この双剣士はどうするか。真っ直ぐ目を見つめると、双剣士の瞳には恐れと怒りが宿っていた。あくまでゲームで感じ取った感情だがな。モニターの向こうでも怒りに震えているのがイメージできる。
 やがて双剣士は重い口を開いた。
「アナタは悪魔よ! それかただの殺人者でしかない!」
「悪魔、殺人者、死神、鬼、人でなし、奇人、大いに結構! そんなものはな、悪人に取ってはどれも最高の()め言葉だ!」
「……狂ってるわよアナタ」
「狂ってなどいない。俺は喪失者(ロスト)だ。失って、失わせて、これからも全てを奪って失っていく。得たものなどいずれ全て失ってしまうのなら、俺は失い続ける道を選ぶ」
「違う。アナタはただ、得るのが恐ろしくて失い続けているだけよ。本当に全てを失った時、アナタが得るものって一体なに?」
「なっ!?」俺は不意を突かれた返事に息を詰まらせた。心を見透かされたような、敗北感にも似た激情(げきじょう)()き上がってきた。
「知ったような口を()くな! あの男の死に様を見たろだろう。これが『The World』だ! お前も負け犬になりたくなかったら二度とログインするんじゃねえ! 殺されたくなかったら今すぐここから失せろッ、初心者!」
 少しの静寂の後、双剣士はプラットホームから転送して居なくなった。可哀想な人、……転送される前にそう呟いたのが聞こえた。

 俺は一人、転がった死体と共に、フォルセトの像の前で立ち尽くしていた。


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