【 03話<Flow Watcher> 】
午後五時。人が集まる時間帯なのか、タウンに戻ると『The World』の住人が増えていた。夜になれば更に人が増える。勉強しない学生、仕事をしない大人連中がな。 『The World』にはつくづく驚かされる。現実の街中を歩いているのとあまり変わらない映像が視界に広がっている。……これじゃ、いつか本当に現実と仮想の そんなことを思いながらフィクスに『報告しに行く』とショートメールを送信した。するとすぐに返事が来た。『ごめん、別件が片付いてないんだ。終わったらこっちから連絡する』という内容。どうやら別の仕事が回ってきたようだな。ギルドマスターというのも大変だなと感心した。 ……さて、どうするか。 とにかく、突っ立ってるのもあれだから、久しぶりにマク・アヌを 顔も見えない相手から物を買うというスリルもあったもんだが、 広場を通り過ぎようとしたとき、突然大きな声が聞こえた。広場の中心から聞こえたと思い振り返ってみると、驚くことに……ハセヲと和服の剣士が口論していた……! あの剣士には見覚えがある。【 「なんで奴がここに……」 すぐにでもハセヲに殴りかかりたい気分だったが、榊が居るんじゃ やがてハセヲが一方的に話を打ち切り榊に背中を向けて歩き出した。と、今まで状況を見ていただけの なんと意外なことに、ハセヲは驚愕を顔に走らせて ……一体、なんだったんだ。 やがて『もう大丈夫だよ。神殿へ来て』という文面のメールがフィクスから届いた。それじゃあ事の結果を報告しに行きますか。中央区のワープポイントからドームに転送し、カオスゲートにブックマークから【△流れ 転送されたエリアは、フィールドでもダンジョンでもない。モンスターもオブジェクトも一切ないロストグラウンドのようなエリアだ。ここはギルド専用エリア、 【大運河】のギルドエリアは、簡単に言ってしまえば巨大な滝に隠された神殿だ。プラットホーム正面には、森林に囲まれて滝が存在している。滝壺には一本の石橋が架かっていて、それを滝に打たれながら渡ると、急に滝が止むと同時視界が開ける。 ……そこには何度見ても リアルで例えるなら、洞窟の中に東京ドーム一個分の空洞があって、そこに大理石の神殿があるといったところだ。毎回、フィクスらしいデザインだなと感嘆と共に苦笑している。神殿をもう一度眺めてから、俺は神殿の扉へと向かった。 神殿の入口である大理石の大扉の前には二人の【 「あ、ロストさん。こんにちわっす」と是色。 「最近、話を聞きませんけどPKはまだやってるんすか?」と是空。 なんで敬語なのかというと、俺はフィクスの大事なお客様とギルド内で知られているからだ。……しかし、こいつらと話していると 「 俺の言った意味が理解できたのか、二人はビクリと身を震わせた。 「……おいおい、冗談だって。お前ら門番なんだからこんなことでビビってんじゃねぇよ」 「いや、だって……なぁ」 「ロストさんの言うことは冗談に聞こえないっすからねぇ」 「全く、俺よりタチの悪い客が来るまでに直しておけよ。ビビリ症」 バンッと二人の背中を叩いて、俺は大扉を開け放ち、神殿内へと歩を進めた。 神殿内の全てが大理石のグラフィックで出来ている。大理石の 「部下達の仕事を、 「違うよ。君から頼まれていた情報をデータパッドにしてたんだよ」 俺の皮肉を込めた挨拶を気にすることもなく、フィクスは笑顔で返した。 「それで、どうだんだい? ちゃんと 俺は失笑して「ルーズは殺した。だがな、余計な手間が増えちまった」 「ここでは話し 「あぁ、ちょっとやっかいな話だ」 「それじゃあ応接間に行こうか」とフィクスは王座から腰を上げると、その後ろにあるドアを開けて中へ入った。ドアプレートには応接間と書かれていた。応接間とフィクスは言っているが、イメージとしては企業の社長室みたいだ。大きな大理石の机を囲むように、やはり大理石のソファが並んでいる。この部屋は主に、重要な用件で情報を買いに、または調査を依頼してくる奴と一対一で話し合うのに使うらしい。ソファに座り、フィクスと向かい合った。 「俺の情報をハセヲに売ってくれと頼みに来た奴がいたらしい。ロストが 「その依頼人の名前は?」 「いや、名前は知らないらしい。外見だけ聞いてきた。左腕を巨大な ガンッ! と。突然、フィクスが机を殴りつけて立ち上がった。目を見開いて肩で息をしている様は、普段のフィクスからは考えられないものだった。 「……フィクス?」 「……その銃戦士なら知ってるよ。彼の名はオーヴァン。『The World』で変人≠ニ呼ばれていた男さ」 フィクスは冷たい口調で淡々と告げた。「変人?」と俺は聞き返した。 「彼は【 急に 「君は 「キー・オブ・ザ・トワイライト?」 俺はオウム返しに聞いた。 「ゲームの仕様を 「ゲームの中でだけ、だろ? そんな 「そう。だから彼は ……バカバカしいと思った。だが、今の俺は完全にこの話を否定できなかった。すでに三爪痕という、システムを逸脱した存在を認めているから。 「それで、旅団は黄昏の鍵を見つけたのか?」 「いや、見つけられなかったんだよ。……そうか、君は知らないんだよね。半年前に【 「ギルド V.S ギルドか。所詮、お友達の不良ごっこだ。それで、どっちが勝ったんだ?」 「引き分け。どちらも黄昏の鍵を手に入れることは出来なかった。なぜなら」 フィクスは一拍置いてから言った。「黄昏の鍵を手に入れたと思われるオーヴァンが、行方不明になったからね。つまり、オーヴァンは一人で黄昏の鍵があると思われる場所へ向かい、一人占めして姿を消したというわけさ」 「……仲間を裏切ったってことか。頭の オーヴァンを嘲笑しながら、フィクスに質問を投げかけた。 「どうしてお前はそんなことまで知っているんだ?」 その質問にフィクスは当たり前のように言う。「餌が欲しけりゃ巣を叩け≠セよ、ロスト。この情報は元・旅団の団員から得た証言だ。匿名希望でね、Aさんとでも呼ぼうか?」微笑をこぼしてフィクスは続ける。「話を戻すよ。その紛争の後【TaN】はギルドの 俺のセリフを先読みしたのだろう。先手を打たれてしまった。 「……それで? この話が俺になんの関係があるんだよ」 「オーヴァンは君の情報をハセヲに売るように仕向けたんだろう? 興味深い話じゃないか」 言いながらフィクスは、一つのデータパッドを俺に渡してきた。受け取ってみると、パッドの表面にはたくさんの文字が並んでいた。これは【大運河】のみが使える特殊な技法で、収集したデータを『The World』で簡単に 「今分かっている限りのハセヲの情報をパッド化したから、とりあえず見てごらん。絶対に驚くからさ」 パッドに向かって「オールファイル」と呟くと、全ての情報がパッド上に立体映像の文字として浮かび上がった。少しずつスクロールしながら文字に目を走らせていく。そして、ある一行に目を通した瞬間だった。 俺はあまりの事実にただ絶句した。 リアルの俺の表情をFMDが『The World』に反映する。俺の表情を見たフィクスは 『ハセヲは半年前に【黄昏の旅団】に所属していた。半年前、PKされたところをオーヴァンに助けられ、旅団にスカウトされた。解散当時のメンバーでもある』……まさかハセヲとオーヴァンにこんな繋がりがあったなんて。 そして、最後の行にはあるエリアワードが記されていた。俺は口に出して読んだ。 「……【△隠されし 禁断の 「旅団が 全く、こいつの 「恩にきるぜ。それじゃあ、早速行ってくる。さっき中央区でハセヲを見かけた。もしかしたら、そこで会えるかもしれない」 「……そう。結局ハセヲが三爪痕に拘る理由は分からなかった。ごめん」 「いや、それは――」俺は応接間のドアノブに手を掛けて、告げた。 「近いうちに、本人の口から聞ける時が来るさ」 ロストという名のPCを使っているということは関係ないが、俺はロストグラウンドが気に入っていた。物好きだとフィクスに言われたこともあったが、 ロストグラウンドがいくつあるかは知らないが、そこへのエリアワードを手に入れたときの 巨大な滝に囲まれた隔離された石柱、というのが印象的なエリアだ。フィクスのギルドエリアよりも絶景だった。壮大な滝のカーテンが、絶えず奈落へと引き落とされている。 プラットホームは円柱の天辺にあり、俺はそこから繋がっている円柱にへと足を進めた。ロストグランドは必ずと言っていいほど隔離された足場しかない。そして、必ずと言っていいほど―― ――喪失の地には 三爪痕が残した、円柱に刻み付けられた赤い爪痕。これはなんのために残されているのか……。メッセージ? いや、それだとしたら誰に送っているメッセージなんだ? 原因には必ず結果がある。奴の目的さえ分かれば、先回りすることができるだろうに……。 と、ふいに上から静かな声が降ってきた。 「アナタが血霧花≠ニ恐れられるPKのロストですか?」 刀が 反応が遅かったら、確実に 「死角から攻撃したのに見事な反応ですね」 「そんな攻撃、慣れればいくらでも避けられる」 俺の冷たい言葉に女は微笑しつつ、真面目な口調で言う。 「ルーズをキルしたのはアナタですか?」 「ルーズ……。あぁ、あのゴミか。それがどうかしたのか?」 「彼は私のギルドの ……いまいち話が見えない。そもそも、それが俺になんの関係があるというんだ。 「……最初に話すことを忘れていないか? お前は誰で、どのギルドのマスターなんだよ」 あっ、と。女は口を開けて固まってしまった。……もしかして、バカなのか? 女はしばらく悩んで、ようやく唇を動かした。 「……私の名はクオリスです。護衛屋ギルド【 「護衛屋ギルド……【PaGu】か。聞いたことある。PKが増えた『The World』を安全にプレイするために、自分を護衛する高レベルPCを雇えるギルドがあるってな。……ご立派なお仕事じゃねぇか」 最後のはもちろん皮肉―― 「恐縮でございます」 ――だったんだがな。疑うことなく首を垂れやがった。どうやら俺の皮肉は伝わらなかったようだ。真面目そうに見えて、どこか抜けてる奴だ。だが、どうしてだろう。初対面で最悪の出会いをしたはずなのに嫌いになれなかった。多分それは、見かけによらず強者だということを先の一撃で知ったからだろうがな。 「それで、その護衛屋が俺になんの用だ」 するとクオリスは思い掛けない返答をした。 「ロスト。あなたは死の恐怖≠ノキルされましたね」 「!? なぜ、それを知っている……!」 「理由は簡単です。私もあの場に居ましたから」 「なぜあんな場所に居た!?」 「……ただの散歩です」 冷たい微笑みを向けてくるクオリスは、氷で作られた 「そういうことにしてやる。それで、俺に何のようなんだ?」 「ただ忠告をしに来ただけです」 「忠告、だと?」 クオリスは、思わず 「 俺はクオリスを思いっきり突き飛ばし、プラットホームへ走った。 ふざけるな! 何も知らない奴が、余計なこと言いやがって! 俺は振り返ることなく、ルートタウンに転送した。 ルートタウンに着いた瞬間、ショートメールを受信した。差出人を確認せずメールを開く。俺はフィクスのメンバーアドレスしか知らない。だからショートメールはフィクスからだと思っていた。だが、内容はアイツが書くような文じゃなかった。 『全てを受け入れる覚悟があるのなら、グリーマ・レーヴ大聖堂へ参られたし。君の望むものが見れるはずだ』 俺の望むもの、だと? 【△隠されし 禁断の 聖域】に行けば、それが見れるというのか!? 俺は差出人をチェックするために目を走らせた。 そして、差出人にはこう書かれていた。 オーヴァン、と。 |