【 04話<Data Drain> 】
【△隠されし 禁断の 聖域】は、俺が『The World R:2』を始めて、最初に訪れたロストグラウンドだった。『The World R:2』を始めて一ヶ月が過ぎたころ、 初めてこのエリアを訪れたときに感じた、エリア全体の神秘的な雰囲気。『グリーマ・レーヴ大聖堂』はこの隠された聖域に存在する、ただ一つの建物。大聖堂の中に入ると聞こえる歌声。なにより気に入ったのは、誰も居ないということだった。ここは絶対的な孤独を約束してくれる。歌声をBGMに静かな時間を過ごすため、俺は暇があればこのエリアに通っていた。 まさか、こんな形で訪れることになるとはな。 ――全てを受け入れる覚悟があるのなら『グリーマ・レーヴ大聖堂』へ参られたし。君の望むものが見れるはずだ。 オーヴァンと思われる差出人からのショートメール。もちろん、疑っていないわけがない。正直、怪しいと思う。会ったこともない奴からの突然のメール。相手の意図が読めないだけに、気味が悪い。そして、自分で選択しろと言っているような内容。 だが俺は、可能性のあるものには相手をしてやろうと思う。例え、これがオーヴァンを語った偽者からのメールだとしても。イタズラメールだったとしてもだ。 俺は、俺が求める真実が見たい。ただ、それだけだ。 「……別に、 誰に言うわけでもなく口早に呟いて、俺は大聖堂の扉の前まで来た。途端に流れ出す、静かな歌声。……誰が歌っているのだろうか。いつか分かる時がくればいいと、俺は可能性の低い期待をして大聖堂の扉を開け放った。と、いきなり全ての音が消えた。 瞬間、目にした光景と耳を 黒い そして、見た。ハセヲと重なって見えなかった敵が。 大聖堂に差し込む黄昏に逆光している影。蒼い炎。三つ又の双剣。ツギハギだらけの赤い服。そして、空虚を見つめる怪しく光る眼球。――俺は全てを悟った。 あれが そして、変化は起きた。何かが そして、ハセヲは姿を消した。この場から、完全に消滅した。 強敵を失った怒りが、体の奥底から込みあがってきた。無意識のうちに、俺は奴に向かって叫んでいた! 「トライエッジィィイイイイ!!」 俺の叫びと同時、奴は光となって弾けると、蒼炎を 俺は捜し求めた相手に、見向きもされなかった! きっと奴の目には、俺はどうでもいい存在に映っていたのだろう。この行き場のない怒りを、どこにぶつければいい!? ――ふいに『トライエッジにキルされたプレイヤーは、意識不明になる』というBBSの書き込みを思い出した。 冗談じゃない! ハセヲを殺すのは俺だ。勝手に死ぬんじゃねぇぞ、あの野郎……。とにかく、ハセヲがどうなったかを確認するのが最優先事項だ。報告はあとからでもいい。いや、……このことはフィクスには報告できない。何もハッキリしてない状況なんて、 俺はしばらくの間、何も飾られていない 「お戻りですか」 マク・アヌに戻ると、クオリスがカオスゲートの前にいた。どうやら、俺を待ち伏せていたようだ。少し、こちらの表情を 「先程は、すいませんでした。私の失言です。申し訳ありませんでした」 いきなりの謝罪の嵐に、俺は何も反応できなかった。それがいけなかったのか、クオリスは肩をガックリ落として、その場から動かない。 「おい、お前……別に、俺が勝手に怒ってただけだし、その……気にするなよ」 人に気遣うための言葉を使うのは慣れていない。これがリアルだったら、無言のまま硬直状態が続いているだろう。『The World』では、不器用だが、言える。相手が見えないというのも、少しは役に立っているかもしれないが。 と、クオリスは顔を上げて目を 「……意外ですね。あなたからそんな言葉が聞けるなんて。喪失者と言い張っていても、やっぱり人間ですね」 「テメェ、人をなんだと思ってたんだ」 「まぁまぁ、……細かいことを気にすると女の子にモテませんよ?」 「余計なお世話だ!」 ……ったく。なんなんだこの女。話してると調子が狂う。仮にも【 「それで、どこへ行ってたんですか?」 最初からそれを聞くのが目的だったらしい。氷の肖像のように、表情が冷たくなった。 「……知る必要のないことだ」 「……そうですか」 クオリスは悲しげな表情でそれだけ言うと、俺に背を向けて歩き出した。ドームの扉の前で、彼女はこちらを振り返り、ぎこちなく微笑みながら言った。 「身の危険を感じたら、いつでも我がギルドへ。お待ちしております」 そして彼女は扉の向こう側へ消えていった。 フィクスからショートメールが届いたのは、それから五分後のことだった。『トライエッジの新しい情報が汲み取れた。すぐに来てくれないか』という文章。ハセヲがどうなったか気になったが、奴の新しい情報も気になった。……行くしかないな。 今の俺には、なにもかもが足りなさすぎる。 俺は【△流れ 俺がソファに腰を下ろすと、フィクスは口を開いた。 「 バクン、と。俺の心臓が跳ね上がった。リアルの俺は冷や汗をかいて震え、コントローラーがカタカタと音を立てている。 お前は、なぜ知っているんだ!? 「なぜって顔してるね。もしかして、気付いてなかったのかい?」 「まさか、監視してたのか……!」 「感じ悪いなぁ。護衛って言ってくれよ。会っただろう、護衛屋に」 護衛屋……クオリスが脳裏をよぎった。あの女、フィクスと知り合いだったのか……! 尾行されていたことに気が付かなかったのは、不覚だった。 「そう、クオリスだよ。お互いにギルドを開設当初からの知り合いでね。たまにこちらからの依頼で、護衛と 「胸クソ悪いな。なんで護衛屋なんか俺につけたんだ」 「君の身を守るためだ、ロスト。もし君がトライエッジに出会ったら必ずムチャする。未知の敵との戦闘だ。万が一、なにかあったら大変だろう?」 「俺は、一人でも戦える!」 「トライエッジに相手にもされなかったのに?」 くそっ……フィクス。敵に回すと、こんなにも気分が悪く、恐ろしいとはな。フィクスは今までにないほどの冷たい目で俺を睨みつけた。 「それともう一つ。君は、自分にとって都合の悪いことは話さないと思ったからね。ダメだよ、ロスト。僕に隠し事は」 冷たい微笑みを顔に貼り付けたまま、フィクスは続ける。 「本当になにかあったら、僕は君を守れなくなるからね。なにかあったら必ず、……すぐに報告してよ。絶対だ」 「……あぁ、悪かったよ」 「分かってくれれば、もう何も言うことはないよ」 流すように言って、フィクスは一枚のデータパッドを俺に差し出した。 「クオリスの報告を受けて、トライエッジと関係のありそうな情報を汲み取って纏めたものだよ。とりあえず、見てみて」 俺はデータパッドを受け取り「オールファイル」と呟いた。全ての情報がパッド上に立体映像の文字として浮かび上がる。項目名――【データドレイン】と称されたファイルには、奇妙なことがたくさん書いてあった。そう、それは――『The World』ではありえないことばかりが。つまり、システムを逸脱している内容が書かれていたのだ。一枚のPCの写真と一緒に。 データドレイン。『The World R:1』でカイトという双剣士が使用していた、システムを カイトがなぜこのようなスキルを手に入れられたのかは不明だが、腕輪と呼ばれるものを所持していたからではないかと言われている。 ※ この情報はCC社大火災の際、サーバーから流出したデータをサルベージして得た情報であるので、閲覧には注意が必要である。 ここまで読んで俺は 「データドレインというスキルを使えるPCはカイトだけ。なら、トライエッジはカイトじゃないかって。フィクス、お前はそう言いたいんだろう?」 「ご名答。しかも、君はデータドレインでハセヲが改竄される瞬間を見ている。疑いの余地はないと思うけどね。それに、まだある。トライエッジを目撃した 「……服はツギハギじゃないが、ほとんど似ている。じゃあやっぱり、カイトがトライエッジなのか?」 だが難しい顔でフィクスは言う。確定はできないと。 「おかしいんだよ。R:2になった時点で、R:1時代のPCデータは全て消えている。引継ぎができなかったからね。なのに、今ここに――R:2にカイトのPCがいるのはおかしい。CC社は、恐らく認知していない。もしあれが元凶だと分かっていれば、アカウントの停止をするなりの対処をしているはずだからね」 一気に話したので、疲れたのだろう。フィクスは少し呼吸をして自分なりの結論を話し出した。 「CC社が対処できない存在。つまり、トライエッジは放浪AIなのかもしれない」 AI。人工知能。人間の使う自然言語を理解したり、論理的な推論を行ったり、経験から学習したりするコンピュータプログラムのことだが……それが廃棄され、ただの 俺は、奴が蒼い球体になってエリアから転送したのを思い出した。 「……可能性としては考えられる。奴は、プラットホームも使わずにエリアを転送した。タウンを経由しないでエリアを行き来できるんだと思う。それは普通のPCには行えないことだ」 「ロスト。もしかしたら、僕達はとんでもない事に手を出してしまったのかもしれない。今なら、引き返せる。でも、これ以上首を突っ込むと……ハセヲと同じになるかもしれない」 「フィクス、今更 「ハセヲでも勝てなかった相手だ。……それでも、いいんだね?」 最後の言葉は、友人としての心配からだろう。もしかしたら、ロストという存在が消えてしまう、リアルの俺が意識不明になってしまうという不安が、フィクスを思い だからこそ、俺は言うのだ。 「あぁ、俺は死なない。だから安心してろ」 強がりじゃない 「……少しだけ安心したよ。また、何か情報が入ったら連絡する。あぁ、それと。護衛を解きたいなら彼女に直接言ってくれないか? 今回はムリして僕から依頼したけど、護衛を解くときは護衛対象が解約を申し出ないといけないらしいから」 言い終わるとフィクスは、一枚のカードをトランプを飛ばすように投げた。俺はそれを指で挟んで受け取る。これは、……【PaGu】のギルドカードか。 「彼女から預かってた物だよ。次にロストに会ったら渡しておいてくれってね。多分、彼女はこうなることを分かっていたんじゃないかな?」 ……丁度良かった。クオリスには聞きたいことがたくさんある。彼女も、こうなることが分かっていたというなら、もう覚悟は出来ているはずだ。 「ありがとな、フィクス」 そして俺は応接間を後にした。 ギルドカードを持っていれば、そのギルドを自由に行き来することができる。マク・アヌ傭兵地区の 実は、俺は今まで@HOMEを利用したことはない。知り合いのギルド――【大運河】などがそうだが――は大抵ギルドエリアを持っていたからだ。余談だが、俺は【ケストレル】というギルドに勧誘されたことがある。だが、お友達ゴッコをするほど喪失者は落ちぶれていない。もちろん断った。そして後で知ったのだが、その【ケストレル】とかいうギルドは結構巨大で有名らしかった。『そんなところに勧誘されるなんて、ロストも株が上がってるね』とフィクスに言われたことがある。 ……いろいろなことを思い出して、気が滅入りそうだったので。俺はギルドカードを選択して@HOMEの扉を開け放った。 そこは ようやく来客に気付いたのか、広間に座っていた何人かのうち、一人の男PCが顔を顰めた。 「血霧花=I? どうやって入ってきた!?」 さすがに、高レベルPCの集団になると俺の顔ぐらい割れてるか。俺はクオリスに会いに来たことを伝えた。だが、男は不気味な笑みを浮かべて言う。 「そんな話聞いていないな。それに、どうやって此処のギルドカードを手に入れたんだ? あ?」 「ピーピーうるせぇんだよッ! クオリスを出せ、テメェじゃ話にならねぇ!」 「――んだとコラァアッ!」 他の団員が立ち上がり、男が俺に殴りかかろうとした、まさにその時。 「やめなさい」 とても静かだが、どこか 声の主――クオリスは二階から俺を見下ろしていた。そして冷たい表情のまま、団員に告げた。 「ロストさんは、私の大事なお客様です。手を出すことは許しません」 その表情のまま「すいませんが、外してください」と団員達に言った。団員達は これが護衛屋だと……? 他人のために力を振るうのに、嫌気がさしてそうな連中ばかりだったな。 ん? それじゃあ、PeGuじゃないのか? ……まぁ、そこはスルーしておこう。 「このギルドは血の気の多い奴らの無法地帯か?」まず皮肉ってやった。 クオリスが申し訳無さそうに唇を開いた。 「すいませんでした。……本来ならこちらから出向くのですが、ロストさんの連絡先をご存じなかったので」 「だからフィクスにギルドカードを渡したのか。……なるほどな」 「――ここに来た、ということは。やはり全てをお聞きになったのでしょうか?」 「大体の事はな。お前がなぜ俺の前に現れたのか。それと聖域まで着いてきたことだ。気付かなかったぜ。……なにが『どこへ行ってたんですか?』だ」 次第にクオリスの表情が曇ってきた。やはり、内密に護衛を行った後ろめたさがあるのだろう。しかも、俺にウソを吐いていたのだから。 「……なんて顔してんだよ。俺がここに来た時点で、こういう話になるのは分かってただろうが。こうなる事を覚悟して、フィクスにギルドカードを渡したんじゃないのか!」 「……違う! 私は、ただ――」 「護衛を解いてくれ。元々、必要ないからな」 俺はクオリスの言葉に重ねて言った。言い訳など聞きたくも無い。 「っ……分かり、ました」 「それじゃあな」 俺は背を向けて歩き出した。顔を、合わせることなど出来なかったからな。 「待ってください」 悲痛な声が、俺の背中に突き刺さった。クオリスは俺の前に回り込むと、手を差し出してきた。 「これは、私のメンバーアドレスです。いつでも、力をお貸しします」 彼女の必死の行動から、感情が伝わってくる。 別にこれ以上断るつもりも無い。だが、これだけはやはり聞いておきたかった。 「なぜ、俺のためにそこまでしようとするんだ」 クオリスは、いろいろな感情が混ざった表情で俺を見上げると、ハッキリこう言った。 「アナタは、私に似ているから」 ……何を言うと思えば。似ている? 何が、俺とお前の何が似ているというんだ? 訳が分からない。一刻も早く、この場から去りたかった。クオリスの手のひらの上を掴み、俺は駆け出した。 「確かに、自分勝手なところが似てるかもな!」 最後も結局、皮肉だ。自分自身も誤魔化すための……どうしようもない皮肉だ。 俺は、今何をするべきなのか、全く分からなかった。 喪失者……、俺はもうこの役割を辞めるべきなのだろう。 なぜなら、クオリスのメンバーアドレス――『The World』で二つ目の、メンバーアドレスを受け取ったとき……嬉しい≠ニ感じてしまったからだ。 そのことが、その事実が俺を縛りつけていた。 そんな時だった。 再びハセヲと出会ったのは。 |