06話<Freeze>

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 蒼い火の粉を()き分けながら、俺は三爪痕(トライエッジ)突貫(とっかん)した。暗殺剣(あんさつけん)血染丸(ちぞめまる)から発せられる血のエフェクトが、蒼い火の粉を赤く染めて相殺していく。
「――ォォォオオオオオオオオッ!!」
 三爪痕――もとい、カイトという名の敵は微動だにしない。三爪痕は事実上カイトらしいが、俺は認めていない。あれはただのクズデータだ。カイトというPCデータが勝手に一人歩きしているだけだ。
 誰にも止められないなら、俺が止めてやる!
 血染丸を横薙ぎに一閃。だが、その一撃は高く跳躍ちょうやくした三爪痕により回避された。俺は横薙ぎを振り切った体勢から、まだ空中にいる三爪痕に血霧を纏う白刃の嵐を叩き込まんと地を蹴った。
 だが三爪痕は背後より蒼い炎の渦を出現させ、振り上げた俺の白刃を吹き飛ばす! その余波は跳躍中の俺にまで及んだ。蒼い炎が俺の身を包み吹き飛ばす。
「うわァぁあああッ!?」
 回廊に叩きつけられHPの半分を削られた。……蒼い炎はやっかいだな。ならば、俺も遠距離の攻撃法を取るまでだ。治癒の水を使用し、アイテムブーストの相乗効果(そうじょうこうか)で即座に回復すると、装備変更。銃剣を構えた俺は、立て続けに発砲した。落下中の三爪痕は双剣で銃弾を弾き、足が地に着いた瞬間、音速ともいえるスピードで俺の(ふところ)に潜り込んだ。
「早――!?」
 三つの爪の一閃が俺の体を刻みつけようと襲い掛かる。が、これも計算の内だ。銃剣でそれを受け流し、至近距離でアーツ【雷光閃弾(らいこうせんだん)】を三爪痕の頭にブチ込む! 二発の銃弾を喰らい爆風と煙に巻かれながら、三爪痕は大聖堂を転がっていく。
 ……やったのか?
 逆光で三爪痕がどうなったか分からない。万が一に備え、武器を再び血染丸に変更し、構える。やがて影が起き上がる。だが、信じられない現象が起きていた。
 頭を吹き飛ばされた状態の三爪痕が立ち上がっていた。しかも、文字列が組み合わさり破損した部分が修復されていく。
「……おいおい、こんな奴どうやって倒せって言うんだよ!」
 誰に言うまでもなく、悪態(あくたい)をつく。システムを超越した存在の恐ろしさを改めて実感した。
 まるで獲物を再び確認するように頭を揺らして俺を見据えた。三爪痕は双剣を構え、地を蹴った。俺は対抗するために、アーツ【無影閃斬(むえいせんざん)】を発動。突進からの連続攻撃で敵の斬撃を受け止める!
 何回かの打ち合いで分かったが、三爪痕は防御力が低い。攻撃に特化しているし、元々の双剣士の特徴をそのまま継いでいるようだ。ほとんどの攻撃は双剣で受け流している。
 ならばその特性を逆手に取る!
「だぁぁぁああああああああああああああッ!!」
 アーツで防ぎきった瞬間、血染丸でガードの薄い首や脇を狙って突きまくる。そして、ついにチャンスが訪れた。奴が双剣を同時に薙いだ瞬間、俺は武装変更で銃剣を引き抜いたと同時、アーツ【轟雷爆閃弾(ごうらいばくせんだん)】を放った。
 三爪痕の肢体を弾丸が貫いていく。右肩、左腕、腹、右太もも、胸、首、左目、前頭葉。ダメージを与えるには充分すぎるほどの箇所に命中したはずだ。吹っ飛んだ三爪痕を慎重に観察しながら思った。

 だが決して甘く見てはいけなかったのだ。

 あちこち割れた三爪痕は、立ち上がると右腕を掲げ、左手でそれを支えた。なにをするんだ? と思った瞬間。データの結晶、又は黄昏色の腕輪が右腕から展開された。
 あれは、ハセヲが()やられたスキル!?
 だが狙いは俺ではなく、大聖堂の天井だった。腕輪が展開し、そこから幾つもの帯状の物体が発射された。それらは天井に突き刺さると、周囲のデータを……文字通り飲み込んでいった(、、、、、、、、)。吸収されたデータは、三爪痕の傷を埋めるように内側から滲み出している。まるで人間のかさぶた(、、、、) のように。
「――――!?」
 俺はもう声が出なかった。恐怖、……こんなにも敵に恐怖を感じたのは――そうだな、ハセヲ以来か。ハッキリした。俺は勝てない。絶対にコイツには勝てない。死んでも勝てない。死んだら――、
 ――……死ぬ?
 目の前で腕輪を俺に向ける三爪痕を見つめながら俺は、感情を呼び戻していた。【データドレイン】。あれを喰らったらリアルの俺は意識不明になるはずだ。怖くなかった、さっきまでは。それが噂だと、ただの都市伝説のようなありえない話だと思っていた時は。
 だが、それはもう事実でしかなくなる。デタラメな強さ、再生する肉体、システムを超越したスキル。
 ならばあの光に貫かれた俺はどうなる?
 答えはすでに決まっている。
 ハセヲのようなたまたま助かった≠ヘ二度と起きないだろう。
 俺は死の恐怖≠ノも及ばないのだから。
「――い、」
 だから無意識に。
「や、――だ」
 ただ一心に。
「――嫌だ……ッ」
『The World』に居たくて。
嫌だぁぁあああああああああッッ(、、、、、、、、、、、、、、、)!!」
 俺は死を拒絶した。
「俺は、まだ死にたくないッ! 生きて、いたいんだ、この世界でッ!」
 
 答えは、
 いつまで待っても来なかった。

 俺を貫くはずの光の帯が、発射されない。三爪痕はその場でただ固まっている。
 突然。ジッ、という雑音(ノイズ)が響き画面が乱れる。
「………………!?」
 まるでそれが合図だったかのように、三爪痕は自らの爪を消滅させ、蒼い球体となって大聖堂から転送した。バトルエリアの蒼炎の残り火が、渦を(えが)いて消えた。
 それを茫然と眺めていると、背後から扉が閉まる音が聞こえた。


 タウンに戻った俺はすぐにログアウトし、パソコンをシャットダウンした。
「……見逃してもらったのか、俺は」
 間違いなく今回は、俺を殺すつもりだったはずだ。だが【データドレイン】まで展開しておいて、発動させなかった。何か不具合か、それとも俺相手に使う価値がないと踏んだか。
 仮にそうだとしても、やはり俺を殺さなかった理由には繋がらない。自慢の三つ又の双剣で俺を切り刻めばいいだけの話だ。
 となると、気になるのは第三者の存在。
 戦いが終わった後、背後で大聖堂の扉が閉まる音が聞こえた。つまり、誰かが居たということになる。すぐに追いかけたが、その姿を確認することはできなかった。
 だが、今日の事で分かった。……もうお(しま)いなんだ。
 今まで三爪痕を追い続けてきたが、今日改めて対峙(たいじ)して分かった。俺は、奴には勝てない。レベルの問題でも強さの問題でもない。奴とロストは全てが違う。仕様にある同じデータの塊ではないということだ。
 手の届かないものには、どれだけ段を積み重ねようと届くわけがない。……クオリスの言った通り、奴は俺にとって幻だったんだ。
 ――クオリスか。そういえば、契約を解除してから会っていないな。彼女には聞きたい事があった。俺とハセヲの対決を目撃していたこと。そして、なぜ俺に三爪痕を追うなと忠告したのか。
「……あぁメンドくせえ」
 考えることは慣れていない。学校行ってないからな、頭を働かせるのは慣れちゃいない。
 ……あ、そうだ。すぐにフィクスに報告しないと。また隠してるのがバレたら、『The World』で冗談でも殺されそうだからな。だが俺が落ちる前、フィクス――劉治(りゅうじ)はログインしていなかった。当たり前か、もう日付けが変わろうとしてるし、明日は学校だ。もう寝てるに決まってる。……学校、ってことは……劉治に会うには学校に行かなきゃいけないのか。
 部屋の電気を消してベットに身を投げた。

 さて、明日は何時に学校に行こうか。


ChapterT……FIN


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