蒼真が通り過ぎた人全てが驚きの顔で振り返り蒼真を見る。 それもそうだろう。今の蒼真の顔を鏡で見たら、本人も驚くはずだ。 「やばい、遅れそうだ!!」 森の入り口に午前9時集合と言われていたのに、広場にある『 「今日はいい天気じゃのう」 「はぁ、……そうですね」 「じゃが、晴れすぎとるな。午後には雨が降るかもしれんぞ」 「はぁ、……そうですか」 「雨避けも、ちゃんと用意したほうがいいじゃろうな」 「はぁ、……そうですね」 このような内容を10回ほど繰り返し、ようやく開放されて今に至るわけだ。 現在の時刻は8時55分。 (ギリギリ間に合わないかもしれないな) そう思いながらも懸命に走る。忘れていた脇腹の痛みが増してきた。 (遅れたらあいつらに、なんて言われるか……) 先のことを考えただけでも背筋が凍る。『あいつら』とは、記憶のない蒼真に初めて声を掛けてくれた。蒼真が心から信頼している友人たちだ。 そんな友人たちだが、とても時間に厳しいのだ。その道場というのが、10時までに出席すればいいのだが、10時を過ぎると連帯責任で罰を受ける形になっている。つまり、蒼真が遅刻をしてしまえば皆に迷惑がかかる。 とにかく蒼真は先のことを考えずに、ただひたすら走る。 そして、脇腹の痛みが限界に達したころ。蒼真は木々が生い茂るナクラル村の森に着いた。ナクラル村の森の入口は、噴水のある広場の近くにある。ただ1本の獣道が森の入口となっている。ちなみに、この広場に『 そして、蒼真はその場所にいるはずの仲間を確認する。が、誰もいなかった。 おかしい。時間は9時ちょうどだ。 「……?」 いつもなら先に待っているのに、と思いながら周囲を見渡す。と、その時、 「そうま――――!!」 聞き覚えのあるその声に反応し、振り返った瞬間。ぼぐっ、と肺の空気が全て押し出された。 「な、ぐぶぁ!?」 蒼真が反応したときにはすでに遅く、誰かに突進されていた。蒼真は力の方向に従い、吹っ飛んだ。 「いがっ!?」 勢いよく地面を滑る。目に砂が入ったり髪が土を被ったりして、ようやく停止した。口の中もジャリジャリする。 蒼真は目を擦りながら顔を上げると、 「やっほー! そうまっ」 まだ幼さが残る女の子がいた。髪を両サイドで短く纏めている。逆光で顔はハッキリとは見えないが、間違いなく蒼真の知り合い、友人の一人である。 少女の名前は『 「お〜い、美春〜!」 その美春が走ってきたほうから声が聞こえる。今度は一人の少年が走ってきた。その細い身体には似合わない動作である。 「いきなり走り出すなよ。なにかと思っただろ」 あまり怒ってない様子で、そう言うのは『 それは多分、顔に似合った だが、美春は高志と違って、おてんばで、うるさくて、とにかくやかましい(だが、不思議と嫌いにはなれない)全く正反対の兄妹である。 そして一人遅れて、体格のいい少年がやってきた。 「まったく、二人とも急がなくてもいいだろう」 「あ、 遅れてやってきたのは『 蒼真なら軽く、たぶん(想像もしたくないが)片腕で吹き飛ばされるであろう。しかし、その見た目とは裏腹に、正確は俗にいう筋肉バカではない。優しいやつだ。蒼真も自信を持ってそう思える。 「あれ、蒼真いたのか」 「あ、本当だ」 高志と勝は蒼真の存在には気付いていなかったらしい。美春に潰されているのだから当たり前か。 「しかし今日は遅れなかったな」 言いながら勝が手をかす。蒼真はその手を取り、引っ張られる。なんとか起き上がることが出来た。……美春はくっついたままだが。 「さすがにお前も先生の罰は受けたくないもんな」 高志が言う。その声は少し安堵した感じだった。 溜め息混じりに蒼真は言い返す。 「いくらなんでも連続は無理――、いや、嫌だからね」 「そりゃそうだ……。先生の罰はいい加減かんべんだよ」 高志が苦笑いを浮かべる。蒼真は少し下を見て言う。 「ほら、早く森に入るぞ。――頼むから、いいかげんに離れてくれ、美春」 「むぅ……」 美春が、不服そうに離れる。やれやれだと言わんばかりに蒼真は首を振る。 そんな蒼真を見て、呆れた顔で高志が言う。 「ごめんな蒼真、美春がいつもいつも」 美春に聞こえないように、高志が言ってくる。 「いや、大丈夫だよ。……もう慣れたからさ」 蒼真は苦笑いで返す。そこで思い出す。 ――まて、今は団欒している時だったか? 「――今、何時だ……?」 蒼真が汗を浮かべながら言う。美春が広場に見える大時計を見る。 「あちゃぁ、9時20分だよ……。」 蒼真たちは頭をハンマーで殴られたような頭痛に襲われた。 この獣道をまっすぐ通れば、道場に30分で着く。単純な計算ならば、10時までには道場に着くことができるろう。だが、森がいつも同じ姿をしているとは限らない。ましてや一昨日まで大雨だった。地盤がぬかるんで倒れてしまった木もあるはずだ。 「こりゃ根性で行くしかないか?」 勝が言う。他の皆が異口同音に、 『それしかないだろう』 と言うと、一同は一斉に走り出した! 「早くー! 置いてくよー!」 すでに美春は森に入っていった。 「あいつの体力だけはバカにできないな……」 呟き、高志が追いかける。勝もその後に着いて行く。 「結局最後は皆で走ってるよな……」 勝がぼやき、蒼真が答える。 「楽しいからいいだろ。先生の罰は嫌だけどね」 すなわち―― 結局はそういうことなのだ。 |