01話…始まりの鐘-2 】                                        01話-1に戻る 話選択へ戻る 02話に進む

 蒼真そうまは村の広場を、全速力で走っていた。
 蒼真が通り過ぎた人全てが驚きの顔で振り返り蒼真を見る。
 それもそうだろう。今の蒼真の顔を鏡で見たら、本人も驚くはずだ。
「やばい、遅れそうだ!!」
 森の入り口に午前9時集合と言われていたのに、広場にある『詠命えいめいの鐘』の大時計を見ると、すでに8時50分を過ぎている。なぜ遅くなったのかを説明をすると。家を出たのは8時半だったが、そのあとに村長に会ってしまい、グダグダと長話しをされてしまったのだ。その内容は、
「今日はいい天気じゃのう」
「はぁ、……そうですね」
「じゃが、晴れすぎとるな。午後には雨が降るかもしれんぞ」
「はぁ、……そうですか」
「雨避けも、ちゃんと用意したほうがいいじゃろうな」
「はぁ、……そうですね」
 このような内容を10回ほど繰り返し、ようやく開放されて今に至るわけだ。
 現在の時刻は8時55分。
(ギリギリ間に合わないかもしれないな)
 そう思いながらも懸命に走る。忘れていた脇腹の痛みが増してきた。
(遅れたらあいつらに、なんて言われるか……)
 先のことを考えただけでも背筋が凍る。『あいつら』とは、記憶のない蒼真に初めて声を掛けてくれた。蒼真が心から信頼している友人たちだ。
 そんな友人たちだが、とても時間に厳しいのだ。その道場というのが、10時までに出席すればいいのだが、10時を過ぎると連帯責任で罰を受ける形になっている。つまり、蒼真が遅刻をしてしまえば皆に迷惑がかかる。
 とにかく蒼真は先のことを考えずに、ただひたすら走る。
 そして、脇腹の痛みが限界に達したころ。蒼真は木々が生い茂るナクラル村の森に着いた。ナクラル村の森の入口は、噴水のある広場の近くにある。ただ1本の獣道が森の入口となっている。ちなみに、この広場に『詠命えいめいの鐘』もある。村の中心に大時計があるので、時間を確認しやすい。
 そして、蒼真はその場所にいるはずの仲間を確認する。が、誰もいなかった。
 おかしい。時間は9時ちょうどだ。
「……?」
 いつもなら先に待っているのに、と思いながら周囲を見渡す。と、その時、
「そうま――――!!」
 聞き覚えのあるその声に反応し、振り返った瞬間。ぼぐっ、と肺の空気が全て押し出された。
「な、ぐぶぁ!?」
 蒼真が反応したときにはすでに遅く、誰かに突進されていた。蒼真は力の方向に従い、吹っ飛んだ。
「いがっ!?」
 勢いよく地面を滑る。目に砂が入ったり髪が土を被ったりして、ようやく停止した。口の中もジャリジャリする。
 蒼真は目を擦りながら顔を上げると、
「やっほー! そうまっ」
 まだ幼さが残る女の子がいた。髪を両サイドで短く纏めている。逆光で顔はハッキリとは見えないが、間違いなく蒼真の知り合い、友人の一人である。
 少女の名前は『月城美春つきしろみはる』蒼真の2つ年下で14歳の女の子である。道場の中でも一番元気で体力のある子である。この猪突猛進な行動も、元気が有り余っているのであろう。と、蒼真は思う。
「お〜い、美春〜!」
 その美春が走ってきたほうから声が聞こえる。今度は一人の少年が走ってきた。その細い身体には似合わない動作である。
「いきなり走り出すなよ。なにかと思っただろ」
 あまり怒ってない様子で、そう言うのは『月城高志つきしろこうし』美春の実の兄であり、蒼真の友人である。年齢は蒼真と同じ16歳で、高志は傍目はためから見ればマジメな奴と思わせる雰囲気を出している。
 それは多分、顔に似合ったふちなしの眼鏡をかけているからであろう。これには実際、度は入っていない。つまり伊達眼鏡である。高志が言うには、本を読むのが自分の趣味であるので雰囲気に合わせて眼鏡をかけている、と言う。確かに高志には眼鏡が似合っている(ような気がすると蒼真は思う)。
 だが、美春は高志と違って、おてんばで、うるさくて、とにかくやかましい(だが、不思議と嫌いにはなれない)全く正反対の兄妹である。
 そして一人遅れて、体格のいい少年がやってきた。
「まったく、二人とも急がなくてもいいだろう」
「あ、まさる。すまん。でも、美春がな」
 遅れてやってきたのは『古河勝(ふるかわまさる)』。彼も蒼真と同じ16歳である。見た目で分かるほどに、すごく背が高く、筋肉がある。一体なにを食べて育ったのだろう? と、蒼真は思う。
 蒼真なら軽く、たぶん(想像もしたくないが)片腕で吹き飛ばされるであろう。しかし、その見た目とは裏腹に、正確は俗にいう筋肉バカではない。優しいやつだ。蒼真も自信を持ってそう思える。
「あれ、蒼真いたのか」
「あ、本当だ」
 高志と勝は蒼真の存在には気付いていなかったらしい。美春に潰されているのだから当たり前か。
「しかし今日は遅れなかったな」
 言いながら勝が手をかす。蒼真はその手を取り、引っ張られる。なんとか起き上がることが出来た。……美春はくっついたままだが。
「さすがにお前も先生の罰は受けたくないもんな」
 高志が言う。その声は少し安堵した感じだった。
 溜め息混じりに蒼真は言い返す。
「いくらなんでも連続は無理――、いや、嫌だからね」
「そりゃそうだ……。先生の罰はいい加減かんべんだよ」
 高志が苦笑いを浮かべる。蒼真は少し下を見て言う。
「ほら、早く森に入るぞ。――頼むから、いいかげんに離れてくれ、美春」
「むぅ……」
 美春が、不服そうに離れる。やれやれだと言わんばかりに蒼真は首を振る。
 そんな蒼真を見て、呆れた顔で高志が言う。
「ごめんな蒼真、美春がいつもいつも」
 美春に聞こえないように、高志が言ってくる。
「いや、大丈夫だよ。……もう慣れたからさ」
 蒼真は苦笑いで返す。そこで思い出す。
 ――まて、今は団欒している時だったか?
「――今、何時だ……?」
 蒼真が汗を浮かべながら言う。美春が広場に見える大時計を見る。
「あちゃぁ、9時20分だよ……。」
 蒼真たちは頭をハンマーで殴られたような頭痛に襲われた。
 この獣道をまっすぐ通れば、道場に30分で着く。単純な計算ならば、10時までには道場に着くことができるろう。だが、森がいつも同じ姿をしているとは限らない。ましてや一昨日まで大雨だった。地盤がぬかるんで倒れてしまった木もあるはずだ。
「こりゃ根性で行くしかないか?」
 勝が言う。他の皆が異口同音に、
『それしかないだろう』
 と言うと、一同は一斉に走り出した!
「早くー! 置いてくよー!」
 すでに美春は森に入っていった。
「あいつの体力だけはバカにできないな……」
 呟き、高志が追いかける。勝もその後に着いて行く。
「結局最後は皆で走ってるよな……」
 勝がぼやき、蒼真が答える。
「楽しいからいいだろ。先生の罰は嫌だけどね」
 すなわち――
 
 結局はそういうことなのだ。


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