「おい、美春! 足速い!!」 「え〜? お兄ちゃんが遅いんだよ」 兄の注意も 「なんだぁ〜蒼真? もう疲れているのか?」 「勝、お前は体力はあるんだからまだ大丈夫だろ! 僕はさっきも走ってたんだぞ! いい加減脇腹痛いって……」 しかし、蒼真の必死の叫びは最後の方は全然聞こえなかった。 蒼真達は獣道を進み、森を抜けた丘にある道場に向かっている。緩やかな道だが、道場まで距離がある。しかも、いままで通ってきた道には何本もの木が倒れてたりしていたので、回り道するだけでも大変なのだ。 しつこいようだが、蒼真達が心の中で一致している意見は先生の罰≠セ。竹刀で 「ところで、いま何時だ!?」 美春がここからでも見える、時計台を見上げる。 「うわぁ、説明してる時間も惜しいよぉ……」 「……それは大変だな」 美春の顔が青くなっている。と、いうことは余裕がないってことだろう。と、蒼真は確信し、スパートをかけた。 「あと500mぐらい、走ればなんとか――ッ!?」 大声を出したその瞬間、なにかに足を引っ掛け派手に飛んだ。 ぬかるんだ地面を 他の3人は、一番前に 「ふわぁあ…………む?」 豪快に欠伸をして、背伸びし、目の前で星を回している蒼真を見、高志たちを見た、その人物。彼こそが、 「せ、先生……!?」 『 蒼真達が先生≠ニ呼ぶ道場の先生である。美春だけは師匠≠ニ呼んでいるが……。 九牙はパッと見ると20代といったところで(本人は10代と言っているが、それは絶対にウソである。実年齢は一生の謎だろう)服装は着物という、実に和をとった服装である。 その柄は赤紫色の散り桜で、少々変わった色であるそのデザインは、 本人にとってはコンプレックスらしいが、黙っていれば両性どちらにも見られるという、中性的な顔の持ち主である。童顔という言い方もあるが、言ったら最後。斬られる。 「なんだ貴様ら? なにを息切らしている?」 「師匠こそぉ〜なんでこんなところで寝てたのぉ?」 こんなぬかるんでいる地面で寝ていられるほうが不思議だと、誰もが思うだろう。 「私か? 私はだな――」 なぜかそこで言葉が切れる。またか、と声に出さず高志が言い放つ。 「また覚えてないんでしょう?」 「…………ぅ」 九牙が片手に持っている酒瓶が証拠である。九牙はとんでもない酒乱であり、酒に酔うとその時にしたことを全て忘れているという都合のいい おおよそ今回は、木々が どれだけ首を 「ふむ……やはり覚えていないようだ」 やはりそう言った。 「まったく先生は……、一人のときにお酒を飲むのは禁止、ってあれほど言ったでしょう。まったく。一体どうするんです? 倒れてる木は?」 勝も呆れながら言う。そのころ蒼真は美春の高速 「そうだな。ちょうどいい。道場の屋根が剥がれているから穴埋めと、補強に使う。あとで貴様らにも運んでもらうからな」 頭を抑えながらフラフラ歩く蒼真は、その言葉に対して、 「目覚めたばかりで悪いんですけど、これって先生の不注意が原因ですよね? なんで僕たちが運ばなくちゃいけないんですか」 「修行だ!」 その一言を言われては、生徒たちは何も言えないのを知っていて、九牙はそう言っているのだろう。意地悪な大人だ。 九牙が高志たち(主に美春)と口論している。蒼真はそんな光景を眺めながら、緑が この村にやって来たときから変わっていない。そして 人間の努力の痕跡を。 人間の努力の結晶を。 この丘に近辺に これが人類による、森林開発の一環である。森をよく見渡せば自然に育った木と、人工的に植えられた木の違いは分かる。人工的に植えられた木々の所だけ日光の それでも、人間の手でここまで緑を増やせるのだ。地球の森林化に参加した人々が、どんな思いで木を植えていったのだろうと、蒼真はふと考えてしまう。 何本かの木を倒した張本人は、生徒の声をまるで聞いていないような顔だったが、やがて一言。 「今は何時なのだ?」 「あ」 その一言で、生徒たちはアホ面になった。時が止まっているようだ。 「10時はすでに過ぎているようだが……。さて、どうするか」 「先生が、こんなところで寝てたのが悪いんじゃないか……」 と、蒼真はうっかり口に出しそうになったが、本人の前でいうほど 「仕方ないか。久しぶりに、私と真剣試合だ!」 ようやく時が動き始めたのか、アホ面の生徒たちの表情こわばる。一番恐れていたことが怒ってしまったからだ。この際なら、竹刀で容赦ないほどの肩叩きのほうがマシだったろう。 ただ美春だけが、 「やったぁ! 師匠と試合だぁ〜」 などと、一人笑みを浮かべている。余裕なのか、楽しみのか。どっちなんだ? 「私と話していなければ遅刻でなかったはずだからな。試合形式は、そうだな。貴様ら全員で私にかかってこい」 とりあえず、自分のせいだといことは分かっているらしい。 「4人、で……!?」 皆の 例え、それが正式なものでなくても、生徒のやる気を起こさせる機会でもあった(と、九牙は思っている)。 それを知ってかしらずか、 「師匠ぉ! 早く行こうよぉ〜!」 美春が、また先を行っていた。 「だから先に行くなって! 美春!」 「高志も大変だな」 と、ぼやいて勝があとに続く。 「試合を始める前から、元気なやつだな、美春は」 「そうですね」 蒼真は九牙の温和な声に朗らかに返事をし、美春を追って駆け出した。 木の、後片付けもしていないのだが。 唯一、それに気付いていた九牙は、 「まぁ、あとであいつらに運ばせるから、……いいか」 と、誰にも聞こえない小さな声で呟いたのだった。 |