ナクラル村、丘の上にある道場『 戯斉冠は木造の道場であり、その外見は創られてから数十年経っているにも関わらず、どこか威容な雰囲気を感じさせる。創設者は九牙の師匠である先代の師範なのだが、彼に関する資料は写真すら残っていない。 そして現在の師範、 そして師である九牙と、弟子である 防具を着けていないということで、蒼真には不安が感じられた。高志や勝も同様だったが、美春だけが楽しそうな顔をしていた。蒼真には分からなかったが。 そして、九牙が弟子たちに言う。 「防具がなくて不安か? そんな調子では、まともな試合にはならんぞ」 「でも、先生。防具がなきゃ結構痛いと思いますが……」 蒼真が代表して講義の声を上げるが、九牙は瞬きもせず、 「確かに痛いだろう。だが私も防具は着けていない。公平だ。それとも、……なにか不満か」 言った直後、九牙の眼孔は鋭くなり、弟子を睨み付ける。九牙は冗談でこんなことはしない。本気なのだ。蒼真たちが 「では、試合開始!!」 その掛け声の瞬間、4人は 「え!?」 そこに九牙の姿はすでになかった。音速の速さ、九牙の 「貴様らの動きは正直すぎる」 刹那、鞭のような連太刀が蒼真たちを襲う! 「――っうあ!」 と、苦痛の声が次々に上がる。防具もなにも着けていない、その背中を竹刀で強打され、とてつもない痛みが蒼真たちを襲う! 「どうした、その程度で終わりか? 一撃すら放ってず、無様に散るのか! 貴様らの本気を私に見せてみろ!!」 「先生……!」 蒼真が1人立ちあがる。その蒼い眼には、強い決意が感じられる。その奥になにを秘めているのか、九牙には興味が 竹刀を構え直し、蒼真に向き合う。 「いいぞ、その眼だ。来い、蒼真!」 「うぉぉぉおおお!」 蒼真は正面から突っ込んだ。そのスピードは先程以上に速い。 九牙は蒼真の、疾走から繰り出される攻撃をどう流すか考えていた。 だがその思考は答えを出す前に遮断された。わずか2歩で蒼真は、目の前まで来ていたのだ。九牙の (ちぃ、考を焦ったか!) 九牙が竹刀を振ると同時、蒼真は竹刀を振り下ろす! 「っだあ!!」 バシイッ、と竹刀のぶつかり合う音が道場に響いた。だが、 「なかなかだな、蒼真。だが!!」 九牙は蒼真の竹刀引き寄せ、その反動で押し返した。そして薙ぎ払うような一撃を蒼真に与える。 ドグッ、と鈍い音と共に、蒼真は吹き飛ばされてた。胸の辺りに激痛が走り、肺の空気を全て押し出されたように、唸る。一瞬、頭が真っ白になった。 「けほっ、ぐっ!」 蒼真は痛みを感じながらも距離を取る。すると背後で、人が動く気配。振り返ってみると、背中を打たれた痺れが解けた3人が立ちあがっていた。 「蒼真大丈夫か!?」と、勝。 「一人で突っ走るなよ」と、高志。 「威嚇なら任せてよぉ」と、美春。 皆が力を合わせようとしている。これは蒼真にとっても喜ばしいことだ。 だが、それでも九牙に……尊敬する先生に勝てるだろうかと考える。 (いや、勝つんだ! ムリだと思うな!) 「一撃でも与えるんだ!! いくぞ!!」 「おう!!」 蒼真の言葉を受け、全員が行動を起こす。その間に九牙は抜き足≠ナ接近していた! 「せいっ!!」 一太刀、その鋭い一撃を勝が竹刀で受け止める。 「受け止めるだけでは、まだまだダメだ!!」 九牙は竹刀を押し返す形で、前に跳ね飛ぶ。 「え!?」 勝はその反動で後ろに押されたところで、胴の一太刀をくらった。 ドガッ、とその巨体が衝撃で飛ばされる。 「ぐっ!?」 「判ったか!! 流れるように攻撃をしかけるんだ!! 攻撃を受けとめたあとのことも考えろ!!」 勝は力が入らないように、グッタリしている。だが、 「てえぇぇい!!」 高志はその隙を見落とさなかった。素早く九牙に攻撃をしかける。竹刀を力強く振るう! だが、九牙はその一撃を素早く後ろに一歩引くことで避けた。九牙の前髪がなびき、そこに竹刀が空を切る。 (そんな!?) 高志は竹刀を振った反動で前にバランスを崩した。 「っ!?」 「惜しかったな、高志」 九牙が今度はその隙を突いて、強烈な突きの一撃を与えた。 ドッ、と高志の肋骨の間を狙った攻撃が高志を突き飛ばした。 「――がっ!?」 無防備の状態でくらった高志が力なく倒れる。だが、高志は、ニヤッっと笑っている。 「!?」 ――なにを笑って!? 九牙は思った瞬間背後に気配を感じた。反射的に振り返るとそこにはすでに、竹刀を振りかざしている美春がいた! 「なに!?」 「もらったー!!」 これは避けきれないと美春も思っただろう。だが、九牙は逆に美春に向かっていった。 「悪い」 ドンッ、と九牙は美春の体を突き飛ばした。 「きゃっ!?」 九牙の予想外の当て身をくらった美春は吹っ飛んだ。しかし、 「えいっ!!」 「な――」 美春が竹刀を、九牙に向かって 「――にぃ!?」 九牙も、これは予測できなかった。試合中に武器を捨てるやつなどいないからだ。九牙は (まさか……この私が動揺しているだと!?) 信じられないことだが自分が動揺していると、ハッキリ分かる。 今までとは違う弟子の動き。予想外の行動。これは……この動揺は今までの行動からではない。弟子が師に打ち勝つ、ということに恐れを覚えたのだ。 (こいつらは……私を超えられるかも知れん) それは辛いことでもあるが、嬉しいことでもある。弟子が師を超える。超えてほしいのが師の願いでもあるからだ。 (それは、どれほど未来の話しになるか分からないが、その時が来るまで、私は師として!!) そして竹刀を弾いたその向こうから蒼真が疾走してくる。 「皆が繋いでくれたんだ! 絶対に当てる!!」 「来い、蒼真!!」 蒼真は竹刀を振り下ろす! 九牙は竹刀を切り上げる! 『――ォオオオオオオオオオ!!』 重なる声。空気の切れる音。遅れてくる打撃音。 パァン、という渇いた音が鳴り止んだとき―――― 1人が、竹刀を握り締めたまま、倒れた。 |