03話…存在の変化-1 】                                       02話-2に戻る 話選択へ戻る 03話-2に進む

 『戯斉冠ぎざいかん』での試合が終わった、その同時刻。ナクラル村を囲む石壁に、10人ほどの人間が固まって座っていた。だがそれは決して旅人でもなく、商人の集団でもなかった。迷彩服を着込み、銃で武装した軍隊である。
 地球連合軍アジア連邦第13独立部隊。隊長『霧影弘蔵(きりかげこうぞう)』が指揮する特殊強襲部隊である。まだ30代といった、青年さが感じられる顔に無数の小さい傷跡が特徴の、褐色の髪をした男である。体格は訓練で鍛えすぎないほどの筋肉が付けられ、並の男性より首1個分、上を行く身長。威厳のあるその風貌は、まさしく隊長に相応(ふさわ)しいものだった。
「まさか、見張りもいないとは……。平和ボケした連中の集まりが」
 重々しく口を開いた霧影の隣で、偉そうに後頭部に腕を組んで、足を伸ばして座ってた少年が答える。
「平和すぎるんだろ。だから、こんな村にAPがいるはずなんてない。そう思って今まで偵察もしなかったのはテメェら『軍人さん』だろうが」
 軍人を強調し、皮肉を言ったのはまだ10代ぐらいの少年。その少年だけが、迷彩服を着ずに、ただのシャツにジーンズという簡単な服装である。少年は、髪のところどころが紫色に染まり、その目は血走ったように赤い。それ以外彼は普通で銃も持っておらず、軍人には似つかわしくなかった。
 彼の真っ赤な目の視線は、軍隊より何メートルか離れた場所に置いてある檻に注がれている。檻の中では、不自然な形の生き物が(うごめ)いていた。
「そう言うなAP09。同族でもありながら、今まで場所を特定できなかった貴様も言える立場ではないだろう。所詮、貴様はその戦闘力を買って生かしているだけの存在。……力のない貴様など必要ないのだからな」
 霧影のその言葉にAP09と呼ばれた少年は霧影を冷酷な表情で睨みつけたが、それも一瞬だけで、
「ちっ、うっせぇな。そんなこと言われなくても分かってる」
 と、その刹那、檻に入れられていた生き物が雄叫(おたけ)びを上げ騒ぎ始めた。まるでAP09の心と同調したかのように。檻をガタガタと揺らし、今にも飛び出しそうな勢いで暴れだした。
「黙れ! ここで死にたいのか!!」
 AP09が声を上げて怒鳴ると、その生き物は金縛りにあったように固まり、そのままおとなしくなった。AP09が重い溜息を吐き、呟いた。
「まだ不完全だな、アレは……」
 その言葉に霧影は、当たり前だと返す。
「完全な物を創るための実験体だ。不完全でも、あれは出来がいいほうだ」
「ったく、そんなもの実戦投入すんじゃねぇよ」
「そのための、貴様だ。しっかりと面倒を見てやれ」
「はいはい、了解しましたよー隊長殿」
 決して最後までマジメな態度を示さず、AP09は檻へと向かって行った。それを無感情に見つめてから、霧影が部隊に作戦を伝える。
「では、作戦を説明する。作戦目的はAP01の捕獲、無理なら抹殺。A班とB班が村の裏手へ回り、C班とD班は村の入口で待機。信号弾が上がったら、侵入。その後、村人の拘束及び広場の制圧。抵抗するものは容赦なく殺せ。女や子供でも容赦するなよ。制圧後、次の信号弾(しんごうだん)が上がるまでは、その場で待機だ」
 と、そこへ1人の隊員が話を割って発言した。
「隊長と、……あのガキはどちらから侵入を?」
「私とAP09は実験体を引き連れて、……見えるだろう、村を取り囲む森が。そこから侵入する。異論はあるか? ……ないならば、各員作戦準備。武装の安全装置解除! 弾数のチェックを(おこた)るなよ!」
 霧影の声を合図に、迷彩服を着た隊員達がムダな動きを一切見せず準備に取り掛かる。A班とB班に別けられた人員は石壁を周り、裏手へと走った。

 石壁付近で準備を進めている部下を見、霧影は檻のほうへ歩み寄る。AP09も同様に、檻の前で準備をしていた。
「AP09、実験体の様子はどうだ?」
「シグナルレッド。荒れてるな、だいぶ。すぐに落ち着くだろうが……」
「そうか。……本来の目的、忘れてはいないだろうな」
 霧影の声のトーンが低くなり、AP09に言う。今までとはどこか態度が違って聞こえる、物静かな声。お互いだけが聞こえる程度の声量で話す。
「あんたが、裏切り者の科学者を。俺がAP01を潰す。森へ向かわせないために広場に隊員を固め、時間稼ぎ。それと邪魔が入らないように村人を拘束させる、だろ? たくよぉ、隊長ともあろうお方が部下を(だま)すなんてな。俺達の任務(・・・・・)が終わるまでは、信号弾は上げないつもりだろう?」
「……その通りだ。それと、部下を騙すのではない。部下を危険に(さら)さない(ため)なのだ、これは」
「AP01か……。確かにあいつは、危険と言っちゃあ危険な奴だな。まぁいいか。イレギュラーなことさえ起きなければ予定通りに進むだろうしな。それに、その為の俺と実験体なんだろう、隊長殿?」
「そういうことだ。ではAP09。実験体、エミュダスを出せ」
「了解ー」
 AP09の声と共に、檻は強力な力によって崩壊した。鉄クズとなった檻から這いずり出てきたのは、生き物とは思えない、形を保っていない物だった。1つの固まりだったそれは、やがて2つになり、
「グガァァアアアアアアアアアア!!」
 腹を空かせた野獣のように、よだれを垂らしながら地に立った。AP09がエミュダスの頭かどうかも分からない場所へ両手をかざし、目を閉じた。
「信号確認、波長へ干渉。……同調確認。シグナルグリーンだ。いつでも行ける」
「では、行くとしよう」
 霧影が銃を構え、空に仰いだ。
「作戦開始!!」
 パァン、という軽い破裂音の後。空に赤々とした光が撃ちあがった。

 その光は流星のように流れ、
 
 尾を引いて、消えた。


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