03話…存在の変化-2 】                                       03話-1に戻る 話選択へ戻る 04話に進む

 ナクラル村、丘の上にある道場『戯斉冠(ぎざいかん)』で師弟の真剣勝負が終わりを迎えてから少し経った時。
 蒼真(そうま)が目覚め、最初に見えたのは、古びた木の天井。それが戯斉冠(ぎざいかん)の天井だということに気付くまでしばらく掛かった。そして今の自分の状況を確かめようと、身体を起こそうとしたが、
「っ――!?」
 腹部に激痛が走り、そのまま倒れてしまった。再び寝転んだ体制になりながら、覚えているわずかな記憶を手繰(たぐ)()せる。そして、自分のこの有様を見て確信した。
「……負けたのか」
 蒼真が九牙朱鷺允(くがときまさ)に向かっての、疾走から放たれた一撃は九牙の頬を(かす)めただけだった。九牙は蒼真の疾走に合わせて抜き足≠ナ跳びこみ、胴に突きをくらわせたのだった。その際に蒼真が放った上段攻撃が頬を掠めたのだ。
 そこまで思い出したところで、パタパタという足音が聞こえてきた。頭だけを動かして横を見ると、布が入った桶を持った美春(みはる)がいた。蒼真が目覚めていたのに気付いた美春は、その顔を思いっきり笑顔にして、
「おはよう、蒼真。えっと、……お疲れ様っ! いま、みんなで倉庫の掃除してるんだ。私は蒼真がなかなか起きないから、打たれたところがアザになっちゃうといけないと思って、布を濡らしてきたところだよっ」
 美春は蒼真の前に桶を置き、「これを痛いところに当てておいてね。みんなを呼んでくるから」と言って、パタパタと駆けていった。
 そういえば、美春も背中を打たれていた。もしかしたら、美春も濡れた布を巻いているのかもしれない、と思った。
 蒼真は美春に感謝し、丁度良く冷えた布を腹部に当て、心地よさを感じながら思った。掠り傷でも、師である九牙に一撃を与えられたことがとても嬉しいと。
 その嬉しさを強く噛み締めていると、今度は足音が複数聞こえた。パタパタではなく、バタバタと慌てているような足音が。
 最初に見えたのは師の九牙。その後ろに、高志(こうし)(まさる)がいた。
「蒼真!」
 3人が同時に異口同音に言った。よく見ると、九牙の頬には白い消毒テープが貼ってあった。
「大丈夫か蒼真?」
 高志と勝が同時に聞いてきた。少し苦しそうな顔をしたのを蒼真は見逃さなかった。もしかしたら2人の服の下にも、濡れた布が巻かれているのかもしれない。皆が、協力しあった証ということなのだろうか。
「あぁ、お前らこそ大丈夫か?」
「お前よりは大丈夫さ。お前、すごい倒れ方してたからな。どっか頭打ったんじゃないかと思って心配だったんだからな」
 高志が疲れた顔をして言う。
「はは、そのわりには、寝かせたままだったじゃないか」
 蒼真はちょっと意地悪してやった。高志は苦笑していたが、勝が変わりに説明した。
「それがね、先生が『蒼真は平気だ。探し物を手伝え』とか言って無理やり連れて行かれちゃって」
「探し物?」
「先代が手に入れたという剣だ。興味がなかったので、今まで倉庫に入れっぱなしだったものを、探してきたのだが(ほこり)まみれでな」
 九牙が、ちょっと複雑そうな顔で何かを言いたがっている。その手には、確かに埃で汚れている剣があった。しかし、(さや)がない。
 九牙が蒼真の前に来た。だが、なにも言おうとしない。九牙はせわしなく目を動かし、ようやく口を開いた。
「……蒼真。お前の、攻撃に勢いがありすぎてだな。私もつい本気を出してしまって、だな。その、…………すまなかったな」
「……謝るの下手ですね、先生」
「……言うな。ほら、ちゃんと包帯と濡れ布巻いてやるから、そこに座れ」
 美春が蒼真を起こしながら、ぼそりと呟いた。
「素直じゃないなぁ師匠〜」
 気まずくて顔を合わせられなかったとは、さすがに言わなかった。


 九牙はナクラル村にただ1人の医者である(道場の師範が本業、医者は副業)。九牙は治療の連絡を受けたときか、酒を買いに行くときにだけ村に行く。少々ややこしいが、説明すると、治療の連絡方法は少々変わったものである。ナクラル村にある家全てに煙突がある。そこから、色の付いた煙(色にも種類がある)を発煙させる。その煙は怪我人が出たときや急患を知らせる合図となる。これを確認し、九牙は村へと下りるのだ。しかし、村人はあまり怪我をするような事はしないので、九牙はほとんど酒を買いに行くだけとなっている。
 水に浸した布をよく(しぼ)り、それを自分が打った場所に当て、上から包帯を巻いていく。それを順番に、弟子全員に施した後。
「よし、これで終わりだ。全員、服装を整えたら私に付いて来い」
 そして九牙は、(さや)のない刀を持って外に出た。蒼真たちも後から付いて行く。蒼真たちは不思議に思っていた。『鞘のない刀でなにをするのか』ではなく、『なぜ刀に鞘がないのか』だ。
 高志と勝が手伝って倉庫から剣を見つけた時、すでにその剣は鞘に収まっておらず、刀身むき出しの状態だった。剣の保存状態を考えると、それは最高に最悪だった。どれぐらいかも分からない間、(ほこり)に埋まっていたせいか、剣は輝きを見せないほどに汚れてしまっている。
 九牙は、物を大事にする男だ。ましてや剣を倉庫に投げ出しておくようなマネはしない。
 ――ということは、当然の疑問が生まれる。
「先生。その剣は誰が持っていたものなんですか?」
 蒼真の言葉と同時、九牙も足を止めた。振り返り、蒼真をまっすぐ見て、言った。
「これは先代が突然消えた日に、唯一残っていた物だ」
「先生の師匠?」
「そうだ。思えば、……いい加減な人だった。この刀に鞘がないのもそのせいだろう。どうせ、武器商人から見た目だけで買い取ったものだろうが……。剣に罪はないからな。きちんと磨いて、使ってやらねばならん」
 一度その埃まみれの刀身をジッと見つめ、なぜか疑うような表情を見せてから、
「だが、私はすでに剣を持っている。だから、蒼真。お前が使ってやれ」
 そして、蒼真に差し出した。もちろん蒼真はすぐに状況が飲み込めず、九牙の言葉を何回も脳内で繰り返し、
「ぇぇぇぇぇええええええ!?」
 と、素っ頓狂な声を出して唖然としてしまった。驚いているのは蒼真だけではなく、高志たちも声を出して唖然としていた。
「師匠! ちょっとそれは早すぎるかも!」
 美春はすぐに反論(・・)したが、九牙は逆に美春に問う。
「何が早いのだ、美春。蒼真は私に一撃を与えた。掠りでも、一撃は一撃だ。もう、真剣を与えてもいいと私は思っている。……蒼真を危険な目に遭わせたくない気持ちは分かる。だが、強くならねばならんのだ。大切な物を守れなかったとき、無力な自分を憎まないようにな……」
 九牙は、まるで自分がそうだったかのように話す。美春もさすがに何も言えなくなって黙り込んでしまった。彼女の発言は、本当に蒼真を心配しての事だった。しかし本当に強さを持っている九牙にそこまで言われてしまっては、これ以上何も言えなくなってしまう。
「美春。蒼真なら大丈夫だって。俺達の中じゃ一番強いし、真剣なんてすぐに使いこなしてみるさ。なっ」
「そうだよ美春。なにもすぐに実戦! ってわけじゃないんだからさ」
 高志と勝が美春を安心させるために慎重に言葉を選び、交互に言った。美春もさすがに皆にそこまで言われてしまったら、蒼真を信じるしかなかった。
 その蒼真は考えをまとめているのか、難しい顔をして、目でまっすぐ剣を見ていた。その一生の選択とも言える葛藤の中(剣を取って己の強さを磨いていくか、剣を取らず今まで通りの訓練を続けていくか)、ついに蒼真が決断した。
 ――なんだ、こんなの考えなくても答えなんてもう持ってるじゃないか。
「僕は、強くなりたい。もっと自分を知るために!」
 その言葉は、自分の強い意思を初めて言葉にしたものだった。力を求めるのに、これ以上どんな理由がいるだろうか? 記憶喪失である自分ができること。それは、これ以上なにも失わないこと。
「その意気だ! さぁ、受け取れ」
 蒼真が剣の(つか)を握った瞬間、それは起こった。

 突然、蒼真の視界が変貌した。

「なっ――!?」
 あまりのことに絶句し、しかし取り乱すことなく辺りを見回す。だが、九牙や高志たちの姿はなく、変わりに映っていたのは赤く燃える空、黒煙(こくえん)が立ち上っている崩壊した町。聞こえるのは、人の叫び、爆撃音。そして降り続く雨の音。
 そして蒼真はこの光景を知っている。否、覚えている(・・・・・)。何度もこの光景を夢で見た。そして、この光景は今の蒼真の始まりの記憶なのだ。だがこの光景は、今まで見てきたものとは少し違っていた。
 それは町から少し離れた、高い場所からの視点だったからだ。
「一体、なにがどうなって……」
 その時、蒼真は驚くべきものを見た。ひび割れたアスファルトの水溜りを散らしながら走っている人を。それは見間違いようもなく、雅人と、蒼真自身だった。その姿を見て、叫ぼうとした瞬間、視界が真っ白になり、

 気付けば剣の柄を思い切り握り締めて、肩で息をしていた。目の前には九牙が居た。後ろを見ると、高志、勝、美春と皆が揃っている。
(戻ってきた? いや、僕はここから移動してない……。じゃあ、あれは剣が見せた記憶?)
 だが、それを考えようとしても、時は休息を与えてくれない。

 甲高(かんだか)破裂音(はれつおん)のあとに、赤い流星が空を染めた。

「なんだ、今のは?」
 高志が空を見上げて言った。全員が空を見上げる。赤い流星が、光の尾を引きながら消えた、その刹那!

 天に吼えんばかりの咆哮と、大地を砕く轟音が足元から鳴り響いた。
「!! 全員下がれ!」
 九牙の指示の下、蒼真たちは元居た場所から離れる。その数秒後。まるで、生まれようと必死にもがく雛鳥が卵の殻を破くように、大地を裂き、黒い巨大な爪が現れた。次第に姿を現していく不気味な獣のような姿をした異形のモノに、一同が絶句した。そして最後に現れたのは、なんと2人の人間だったのだ。大柄な男、そして最後に見えた、ところどころ髪を紫色にした少年が口を歪めて、対して驚きもしてない口調で言った。
「……く、はははははは!! まさかいきなりビンゴかよォ!」
 
 望んでもいなかった敵が――
 
 そこに居た。


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