04話…異のモノ/人のモノ-1 】                                   03話-2に戻る 話選択へ戻る 04話-2に進む

 『戯斉冠ぎざいかん』は、ナクラル村の地表が上がっている場所に建っている。ナクラル村の入口が平行な地面にあるとすれば、戯斉冠は崖に(そび)え立っていると言ってもいいだろう。標高の差は約30m。落ちればひとたまりもない高さだ。
 だが、蒼真そうま達の目の前に現れた不気味な生き物と二人の人間は、その崖から現れた。否、登ってきたのだ。0m地点から、崖を砕いて。

高志こうし(まさる)美春(みはる)。お前達は村に戻って、村長達に伝えろ。やっかいな客が来た、とな」
 九牙が緊張感のある声で言った。振り向き様にいった彼の顔は、珍しく焦っていた。まるでなにかが起きるのを恐れているような。そんな顔だ。
「先生! 蒼真はどうするんです!?」
 勝が声を上げて叫ぶ。なぜ蒼真は含まれていないのか。その理由を師に問いただす。
「……蒼真は彼らに用がある。なに、心配するな。蒼真は私が必ず守り通す」
 それだけ言うと「早く行け」と弟子たちを促した。高志たちは納得がいかないと訴えていたが、最終的には師の言葉に従った。道場を離れ、森の中を駆けながら美春は不安な表情で道場のほうを見るが、もはや何も見えない闇だけが広がっていた。

 ここからは、化け物が舞う時間だ。

「隊長さんよォ。AP01がこんなに早く見つかるなんて予想外だったな」
 シャツにジーンズ、髪をところどころ紫色に染めた少年が言った。
「焦るなよAP09。確かに見つかりはした。が、奴の姿が見当たらん」
 答えたのは、少年より頭一つ高い長身で、顔に無数の傷跡が見える褐色(かっしょく)の髪をした男だ。
「そんなのどうだっていィんだよ。オレはAP01を殺りたくてウズウズしてんだ。その科学者にAP01の首でも土産に持ってってやったらどうよ?」
「興味ないな。だが、そこまで言うのなら仕方がない。AP01の相手は貴様に任せる。私は井之上雅人を探して殺す。奴は必ずどこかにいるはずだからな」
 呆然と会話を聞いていた蒼真は、父親の名前が出たことで我に返った。不敵な笑いをこぼしている霧影と呼ばれている男に、声を張り上げて問う。
「お前、父さんを知っているのか!?」
 だが、その言葉に驚愕したのは問われた霧影だった。AP09と呼ばれていた少年は、顔を(しか)め蒼真を睨みつける。何かを言おうと口を開けているが、言ってしまえば、もう怒りを抑えられなくなるような、そんな顔をしている。だが、AP09は言わねばならなかった。そのために此処に来たのだから。
「――AP01。テメェはオレを知っているか(・・・・・・)?」
 だが蒼真は、――首を傾げてしまった。
「なに言ってるんだ? 君と僕は初対面だろ! それにAP01ってなんだよ!? 君は僕のなにを知っているんだ!?」
 蒼真が、言ったその瞬間、
 
 AP09は大声を上げて、全てを否定するように、笑った。

「――ク、ハッ! テメェ、なにも覚えてねェのか! そうか、そういうことか。ソリャそうだな、テメェの頭が一番いじくり回されたからよォ!!」
 蒼真は、AP09の言っていること全てが意味不明だった。AP09が言っている蒼真は、記憶のなくなる前の蒼真のことだろう。ならばなぜ彼が昔の自分知っているのか。蒼真は、ますます混乱した。
「なん、なんだ。……君はなにを知っているんだ!? 教えてくれ!!」
「分裂したテメェなんかに教えることはなにもねェ!! テメェはオレに殺される、それだけだ!!」
 その言葉が会話の終わりを告げる合図だった。瞬間、停止していた異形の獣が行動を開始。一瞬で、蒼真たちのいる場所まで距離を詰め、鋭い爪を蒼真の頭目掛けて振り下ろす!
 蒼真は、とっさに持っていた剣を突き出した。そして、一瞬後に来た衝撃に思わず目を(つむ)ってしまった。ガギン、という金属(・・)の接触音が聞こえ、短い(うめ)きが聞こえた。剣を通して、柄を握る蒼真の手に嫌な感触が伝わってくる。恐る恐る目を開けてみると、目の前には剣が刺さっている腹部のような場所から紫色の血を垂れ流して苦しんでいる(表情がないので分からないが)異形の獣がいた。
 だがそれ(・・)は決して絶命することなく、更なる追撃を蒼真に仕掛けた!
 最初に動いたのは黒い獣だった。まず、蒼真を刺さっていた剣ごと振り飛ばした。次に体制を崩していた蒼真に追い討ちをかけようとした。
 しかし、そこで黒い獣の視界は失われた。
 振り飛ばされた蒼真を片手で支え、空いた片手で剣を握っていたのは九牙朱鷺允。ほんの一呼吸で黒い獣の頭と思われる場所を一閃し、斬り飛ばしていた。
「すまないな蒼真。貴様の剣、少しの間借りるぞ」
 更に斬撃。黒い獣は身体から伸びていた腕や脚、そして中心部だろう重要機関を幾つもの肉片に切り分けられた。流れ出る濃い紫色の血が地面を禍々しく染めていく。
 その光景を間近で見ていた蒼真は思わず絶句する。改めて見せ付けられた、超えるべき師の強さを。
 だがAP09と霧影は、まるで狂犬の喧嘩を見ていただけという態度で笑っていた。いったい何がおかしいのか。その答えは蒼真と九牙の目の前で始まっていた。
 斬られた肉片が、正しい順番、場所など関係なく繋ぎ合わさっていく。ただの肉の塊となったそれは、次第に元の形へ――いや、正しい形など最初からなかったのだ。今度は翼の生えた、やはり異形の鳥へと変貌した。
「『エミュダス』この名ぐらい聞いたことはあるだろう?」
 答えの分からない子供に教えるように、霧影が言った。
「……『死期よりの使者(ダガージェイド)』が生んだ化け物か」
 九牙が苦々しく答えた。


 この世に今だ(かつ)てない不思議をもたらした化学粒子。『死期よりの使者(ダガージェイド)』と名づけられたそれは、全ての機械を使用不能にするだけでなく、もう一つ奇怪な現象をもたらした。
 それは、生態系の破壊。突然変異体『エミュダス』の発生である。
 『死期よりの使者(ダガージェイド)』は、この世に存在するあらゆる生物にも属さない突然変異体を、存在している生物から選んで(・・・)作り出した。それは鳥であったり、魚であったり、獣であったり。選ばれてしまった固体は、その一生を化け物として生きなければならないのだ。
 例えば、群れを従えるライオンがいたとする。そのライオンが化学粒子の影響で突然変異を起こす。すると、エミュダスという異形の化け物となる(なぜこうなるかはまだ解明されていない)。
 そして元はライオンだったエミュダスは、同族を喰らい尽くす化け物となる。群れを従えていた王者は、同胞の肉を喰らう、最悪の裏切りを起こす。
 エミュダスに残留した欲求は『食べる』という行為のみ。誰のでもない意思に従い、与えられた思考はただ一つだけ。『この種を喰らい尽くせ(・・・・・・・・・)』だ。エミュダスとなった生き物だったものは、同族を喰らい尽くすまで行動をやめない。ただ絶滅を待つのみ。

 感情の特化。理性の崩壊。満たされぬ欲求。血肉に飢える消化器官。
 
 もし、人間が突然変異を起こし、エミュダスとなったら。考えるまでもないだろう――同じ結果を迎えるだけだ。


「だが、コイツらは少々特別性でなァ。軍事用で、初めて人工的に創り出した化け物なンだよ」
 紫色の髪のAP09が自慢げに――否、誇らしげに答える。
「通常過程で発生したエミュダスは、元の固体の性質を維持するが、この実験体は定められた性質を持たない。つまりどのような場所、どんな状態でも、様々な形を取ることができる」
 補足するように、褐色の髪の霧影が言う。蒼真と九牙は、この世のことを何も知らない子供のように、ただただ呆然とするばかりだった。すぐ目の前では、先ほどまで四足歩行をしていたエミュダスが、翼を広げているというのに。

 AP09は更なる絶望を蒼真たちに叩きつける。

「一つイイ事を教えてやる。――潜入させたエミュダスは2体なんだよ。クッ、アハハハハハ!! 心優しい俺に有難く感謝しやがれよザコ共ォ!」
 蒼真と九牙が、AP09が言ったことを理解する前に、

 闇の広がる森から、断末魔のような叫び声が木霊した。


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