04話…異のモノ/人のモノ-2 】                                   04話-1に戻る 話選択へ戻る 04話-3に進む

 叫び声、というより助けを求めるよな絶叫。それは間違いなく高志こうし(まさる)美春(みはる)の声だった。それを確信した瞬間、蒼真そうまは森へ駆け出していた。武器も持たずに、単身で。
「待て、蒼真!」
 九牙は蒼真を追おうとするが、再生したエミュダスに進行を遮られる。霧影とAP09は、その隙を衝いて闇が深まりゆく森へ入っていった。彼らの狙いは蒼真だ。九牙は最初から眼中になかったということか。
「面白い……。私を残したことを後悔させてやる」
 そして、剣を構えエミュダスと向き合った。剣は月光を受けて、淡く輝いていた。


 高志は目の前に現れた異様な生物に恐怖していた。高志だけでなく、美春も勝も足がすくんで動けない。その黒い獣は形こそ保っていなかったが、近いものとしてはオオカミに似ている。だが、所々皮膚は融解し、骨まで腐っている部分がある。それでも、獣は動き続ける。これを生き物と認めていいのだろうか。いや、すでに死しているものを生き物とは言わない。
「武器、ないよな……」
 勝が言う。彼らが道場から去るとき敵は、少なくとも異形の獣は1匹しか確認していなかった。まさか、もう1匹いたとは思ってもみなかったのだ。彼らの手に武器になるようなものはない。
 木の枝……これだけでも見掛け倒しにはなるのだろうか、美春は思う。目の前ではオオカミのようなものが犬歯を剥き出しにして今にも飛び掛ってきそうな勢いである。絶体絶命とはこういうことなのかと考え、場違いなことを思っていることに気付く。
 だがすでに遅く、化け物は顎を大きく広げ突進してきた。

 そして同時に、闇の中で(きらめ)く閃光の軌跡を描きながらエミュダスへと突き刺さった物体があった。

 それは飛苦無(とびくない)。放たれた軌跡を辿(たど)るとそこには肩で息をしている蒼真がいた。その手には苦無(くない)が握られている。殺傷力の低い武器だが、ないよりはマシである。蒼真はさらに苦無をエミュダスに突き刺す。背に苦無が刺さったままエミュダスは苦しむように後退した。
「高志、美春、勝、大丈夫か!?」
 その隙に蒼真は友人たちのもとへ駆け寄る。誰もが青い顔をしていたが、外傷はないようだ。蒼真は安堵するとエミュダスに向き直った。
「皆は早く村へ。さっきの連中だけで潜入してきたとは思えない。別働隊がいると思うから、見つからないように行くんだ」
 こんな時でも冷静なのが蒼真だ。取り乱していると、どんな小さなミスも後で自分を追い詰める決定打になってしまう。蒼真にとっての小さなミスとは、もう一匹エミュダスがいたことだ。分かっているだけでも、敵は2人と2匹。おそらく、ナクラル村は制圧されているだろう。となると増援を求めるのは不可能。戦えるのは蒼真と九牙だけだ。正面からぶつかったんじゃ負けることは目に見えている。
 九牙がこちらに戻ってくるまでの間、1人で敵を対処できるだろうか。いや、やるしかないのだ。大事な人たちを守るためにも。だから自分のことはどうなろうと構わない。
 たとえ、能力(ちから)を使ったとしても。
 蒼真は足に巻いていたポーチから水の入った筒を取り出して、エミュダスに向けた。蒼真の表情にはいつものような温和な部分は全くない。今あるのは、冷酷で殺すことを躊躇わないような表情。
「行くよ。異形の化け物さん」
 そして筒を振りかざした。


 戯斉冠(ぎざいかん) の周辺は紫色の霧で覆われていた。否、エミュダスから吹き上がる紫色の血が弾けるように霧散しているのだ。九牙は無言で次々と斬撃を放つ。異形の鳥の姿をしたエミュダスに向けて。
 両足切断。腹部切断。胸部切断。片翼切断。片翼切断。上部切断。頭部切断。胴体切断。
 それを一息で繰り返すと、また同じ動作を一息で繰り返す。何度も残撃を受けているうちに、エミュダスの再生が追いつかなくなっていく。やがて細胞は死滅を始め、形成されていた肉体は崩壊する。灰となり塵となり、エミュダスは風に流されて消えていく。
 九牙の着物にも染み付いた紫色の血も、色あせて消えていく。顔に浴びた血も、乾いていく。だがせるような臭いだけは消せない。まるで自分が死者になったような気分になった九牙は吐き捨てるように言った。
「エミュダス。禍々しく、醜い。だが、紫色の霧は美しかったぞ」
 思っていたよりも手間が掛かってしまった。早く蒼真と合流しなければ。
 九牙は森へ向かった。


 AP09は激しい頭痛に昏倒しそうになったが、踏みとどまり耐えた。エミュダスの脳波を共有して命令していたのだが、たった今一つの信号が消えた。慌てて同調を切るも、頭に残った不快感は拭いきれなかった。
「隊長さん。エミュダスが1匹天に召されたぜ」
 先を走る霧影の背に向けて言う。表情は見せないが、声は深刻そうだった。
「計算違いだったな。もう少しは時間稼ぎが出来ると思っていたのだが……」
「それだけあの男女(おとこおんな)が人並み以上に強かった、っつーことだろ。結局、試作型じゃあまだまだ弱っちいってわけだ。」
 頭をコンコンと叩きながらAP09は言う。
「まァいいじゃねえか。おかげで隊長さんは邪魔なしに、その科学者と話せるんだろ。いや、殺し合うんだろうな」
 ククク、と不敵な笑みをこぼすAP09に目もくれずに霧影は言う。
「黙っていろAP09。貴様はAP01を捕獲することだ。最初から殺そうとするな、聞きたいことが山ほどあるからな」
「分かってございますよ、隊長さん。口が利ければ、それでイィんだろ?」
「そうだな、両脚がなかろうと、両腕がなかろうと、口が利ければそれでいい」
「りょーかい。じゃあ、ここでお別れだ霧影さん。今度会うのは地獄かな?」
 笑えない冗談を言ってAP09は右に曲がった。もう1匹のエミュダスの脳波を辿っているのだろう。そこにAP01がいると確信しているからこそできる行動だ。だが、所詮化け物は化け物の協力がないとなにもできないというのか。
「霧影ではなく、隊長と呼べと言っただろう。所詮、貴様は道具でしかないというのに」
 AP09を嘲笑うかのように、霧影は口を細めた。


 振りかざした筒から水が発射される。だが、それは重力に引かれて落ちずに弾けると、水滴が拡散した。それらの一つ一つが針のように固まり、飛針の嵐がエミュダスを襲う。殺傷能力の低い飛針でも、何度もくらえばただでは済まないはずだ。何本か飛針が刺さり、エミュダスはさらに後退するが、ダメージはあまりなさそうだ。すぐに再生を始めてしまう。
 その様子を見ていた高志は目の前に起きた不思議に恐怖を覚えた。蒼真の意思で、水が針となって攻撃したように見えたからだ。それ以前の問題として、水が針になるなどありえない事だ。性質を根本から捻じ曲げている。不思議、なにか分からない力が働いていることは明らかだった。夢ではなく現実に目の前に起こっていることだと、高志は認めざるを得なかった。
 その説明は蒼真に後で聞くとして、今は村に急いでいくことを先決に動く。立ち上がり、美春の手を引く。
「美春、勝、走るんだ! 俺らがここにいても邪魔になるだけだ!」
「でも、お兄ちゃん! 蒼真は!?」
「あいつなら大丈夫だ。俺らより強い。分かるか?」
 高志の言葉に続くように、言いたくはないことを勝が言う。
「僕たちは、足手まといにしかならないんだ」
「……うん、分かった」
 高志は美春の手を取り、走った。勝も後ろから続き、残されたのは蒼真とエミュダス。エミュダスは再生をすでに終えて、蒼真を睨み、舌なめずりをしている。
 蒼真が持つ、水の入った筒は残り4本。ポーチの機能上、片足に3本までしか収納できない。すでに3本を消費している。飛苦無、苦無、飛針。どれも殺傷力の低い武器ばかりだ。しかし、そんなものしか形成できないのが蒼真の能力の現状だ。そんな武器でいくら傷つけても、エミュダスはすぐに再生を始めてしまう。
 ならば、再生が出来ないほど粉々に吹き飛ばすしかない。
 蒼真は筒を取り出すと、疾走した。エミュダスは鋭い爪で大地を抉りながら腕を振り上げたが、その一撃は蒼真の顔を捉えることなく空を切った。蒼真は体制を低くしてその攻撃を避けて、エミュダスの心臓部と思われる場所に筒を突き刺した。
 蒼真の能力の欠点は、一度硬質化した水は二度と自分の意思では元に戻せないということだ。おまけに硬質化して武器を形成しても、3分経てばただの水に戻ってしまう。そして一度硬質化した水は二度と硬質化することは出来ない。初めてその能力に気付いた時、いろいろと試したのだ。自分がなぜこんな能力を持っているか、という疑問は置いておいて、能力に慣れるほうがいいと思ったからだ。形成できる限界の大きさ。硬質化したときの硬度。形成時間、そしてどこまで水を操れるか。
 蒼真は筒に入っている水に意思を送る。心臓は血液を身体中に送るポンプだ。すなわち、そこに水を送るということは、身体中に水を送ると同じこと。エミュダスは突然の違和感に苦しんでいるようだったが、無視して意思を送り続ける。やがて、筒の水が全てエミュダス全ての血管に通ったことを確認すると、蒼真はエミュダスから離れた。
 蒼真は寂しげな顔でエミュダスを見る。その姿で生き続けることに苦しんでいるの? それとも死にたがっていたの? そう問うてみても反応はない。言葉は返ってこない。死して、生きているから。
「今、楽にしてあげるからね」
 そして、爪が皮膚に食い込むほどに拳を握る。
 その動作と同時、エミュダスの身体に変化が起きた。ところどころの血管が沸騰し始めたのだ。そして、

 内側から爆散した。

 爆音が闇の森に響き渡る。肉片も骨も血も、なにもかもが爆発で吹っ飛んでしまった。急に静けさが辺りに浸透する。蒼真は虚空を見つめる。さっきまでここには命があったんだなと思う。これで良かったのだろうかという疑念が思考を侵食していく。
「あーあ、水蒸気爆発なんてド派手にやってくれちまってドーモ」
 と、蒼真の背後で無気力な声。振り返るとAP09と呼ばれていた少年がいた。頭を抑えて蒼真を睨みつけている。
 彼が言った水蒸気爆発とは、水が非常に温度の高い物質と接触した場合に気化が一気に起こり、圧力が急激に上昇することにより発生する爆発のことである。蒼真は、送り込んだ水を振動させて熱を帯びさせ、急激に圧縮を行って爆発を起こしたのだ。それを瞬時に見抜かれたのだ。
「試作型は2匹とも死亡。ったく死ぬなら死ぬって信号送ってから死にやがれってんだよ。頭いてェだろうが」
 どうやら、エミュダスに指示を送っていたのはAP09らしい。蒼真は再び筒を取り出して武器を形成して構える。これで残り1本。それだけで、AP09を止められるだろうか? いや、やるしかないんだ。
「ほォ。テメェの能力は水が源点か。澄み切ってキレイなこって」
「……僕は君と殺し合いをしたいわけじゃない。ただ、話が聞きたいだけなんだ」
「そうかぃ。でも俺はテメェを殺したくてウズウズしてんだ!」
 その言葉と同時、AP09を紫色の血が覆い、装甲を形成していく。
「俺の能力は、融在(ゆうざい)つってな、まァ簡単に言えばエミュダスと肉体を共有できるっつう、汚れた能力だな。……さて」

「バケモン同士の殺し合いを始めるとするかァッ!!」


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