05話…旅立ちの意志-2 】                                   05話-1に戻る 話選択へ戻る 05話-3に進む

 AP09を突き刺した剣は彼の前にいた蒼真の左肩の上部を突き抜けた。蒼真は顔にかかる生暖かい()びた味の液体と、肩から熱が溢れ出るのを同時に感じて意識が混乱した。痛くて当たり前なのに、叫ぶことを忘れていた。
 正気に戻ったのは、霧影の胸から剣を生やしたまま宙に揚げられたAP09の声を聞いたときだ。
「き、りか――げ……な、にをッ!?」
 甲殻(こうかく)の形成が解けた顔をさらけ出し、紫色の血を吐きながら背中越しに霧影に問うた。
「お前は勝負に負けた役立たずだ。エミュダスの力を媒介(ばいかい)にしなければお前はただのゴミだからな。ここでAP01と共に殺しておく」
 霧影は剣に力を込める。AP09の身体を伝って大量の紫の血が流れ出す。
「やめ、ろ・・・・・・そいつはもう戦えないんだ。殺す必要はない!」
 蒼真は、敵である彼を(かば)うように霧影に叫ぶ。だが、言葉は霧影には届くはずが無かった。
「使えない道具は処分する。これくらいのことで動けなくなる道具などいらん」
「――れ、・・・・・・ぐ」
 突然、AP09が口を開いた。蒼真は自分に当てた言葉だと気付き、耳に神経を集中させる。
「俺は、今まで、たくさんの人間をぶっ殺した。……それが命令だったから」
 彼が自分に何を言いたいのか。それを問いたかったが、自分は彼に向かって喋るべきではないと蒼真は判断した。
 黙って、彼の言葉を聞く事に集中する。
「人…殺す事……今までなんとも思ってなかった…」
声が…震える。それは悲痛な…苦しみがこもった声。
「人が死ぬのなんて、簡単で……オレには関係ないと思って。考える必要ないって……。けどよ――」
 蒼真は気づいた。彼の頬を伝う光の線。
「――死ぬ≠フが、オレの番になって……」
 光が失われた彼の両の瞳から涙が溢れる。
「怖ェんだ…ッ!」
 強く、放たれたその言葉。彼はもう理解していた。自分が助からないと。今まで自分が他人に与えてきた死≠ェ自分に迫っていると理解した。
「今まで何とも思ってなかった死≠ェ…ッ!」
 彼の、AP09の悲痛な叫びに蒼真は言葉がでない。出したくとも。声が出ない。
「こんなにも、怖ェッ!!」
 涙が次から次へと……溢れ出す。
「生きたい…ッ…………生きたいんだっ、オレ……ッ!!」
 それはおそらくはじめて感じたであろう、生への執着。生きる事は苦しみと同時に喜びも与える。彼は今まで苦しみの部分しか見ていなかった。いや、見れなかった。彼の強制された生き方が、彼に喜びを感じる事を許さなかった。
 だけど今は。
 蒼真は彼に触れようとした。彼の名を呼ぼうとした。だけど、知らなかった。AP09ではない、彼の名前を。
 でもそれは、二度と叶わないこと。
「くだらん。所詮は負け犬の戯言だ」
 そして、その剣は深々と、AP09の身体に根元まで突き刺さった。最後に飛び散ったのは本当のAP09の血だった。赤色の血だった。
 鮮血が舞い上がり、蒼真の視界に焼きつく。
 AP09の後方から聞こえてくる声の主に、激しい怒りがこみ上げてきたのを感じる。
「――――ッ?」
 AP09は自分の体に深く突き刺さった刃を茫然と眺める。次第に力が無くなり、そして能力も消えていくのが感じられた。
 理解した。これが死≠ネんだと。
「そ……ま…」
 AP09は最後の力を振り絞って、あんなに殺したかった蒼真の名を呼ぶ。
 蒼真は彼の顔を見、驚いた。
お前は、生きろッ・・・・・・!!
 笑っていた。綺麗に笑っていた。血で顔は汚れていたけど、本当に綺麗に笑っていた。
 おそらく彼が死を恐れたせいだろう。死という言葉すら使う事を怖れて。死ぬなではなく生きろと言ったのは。
 その笑顔を蒼真だけに向けて、
「――――あばよ兄弟」
 剣が突き刺さったままAP09は力を失い、ズルリと地面に切り伏せられた。やがて、風が砂塵を運ぶように、光の粒子となって消えていった。
 理不尽だとは思ったが、蒼真が抱いた感情は綺麗≠セった。
 触れる事も出来ずに。AP09は光となってそこから消えた。
 なんてむごい事だろう。生きた証すら残さずに死ぬなんて。
 これが自分たち能力者の辿る最期なのかと、蒼真は思った。
 せめて名前を呼べれば存在を残せた。せめて体があれば弔う事も出来た。それすら、叶わない。
 蒼真の眼が、先ほどの猛獣へと生き返った。
「さて、次はお前だな・・・・・・」
 霧影はそのまま蒼真に剣を向ける。剣先から赤い血が(したた)り落ちている。
 ――――お前は、生きろッ・・・・・・!!
 蒼真の脳内ではAP09の残した言葉が反響していた。そして、蒼真は覚悟と共に自分の心に叫んだ。
「死ぬのはアナタだ、霧影弘蔵」
 ならばこれが、彼への弔い。

「アナタを噛み殺すよ」

 瞬間、
 空間の雨が全て停止した。


「はぁ、はぁ、はぁ」
 霧影の片腕を持ったまま九牙は森を走る。傷が痛もうが関係ない。蒼真を助けると、心に誓ったからだ。
 その時、異変が起きた。

 砕けた剣が脈動した。

 粉々になり、半分にも満たない長さになっている価値もない剣が、まるで生きているかのように脈打ったのだ。
 耳を澄ますと(わず)かながら心臓の鼓動が聞こえる。
「剣が……ッ!?」
 九牙が疑問を口にした瞬間、剣が水となり弾け飛んだ。それは雨粒を喰らいながら、道場の方角へと突き進んでいった。
 九牙の知らないところでなにかが起きている。
 嫌な予感がする。道場まであと半分の距離。
 九牙は一気に走った。


 蒼真は初めは巨大な雨の(しずく)かと思った。
 でも、それは蒼真の前に突然現れた。
 薄い青色を刀身に宿した、生命ある剣≠セった。
 知らないはずなのに扱い方を、名前を知っていた。
 これが必然だと示すように、蒼真は無我夢中で剣を取り、剣の名を叫んだ。
 刹那、蒼真の振り上げた白刃は霧影の右腕をいとも簡単に切り捨て、
 正気に戻った蒼真が最後に見たのは、自分の手にした剣が霧影の身体を貫いている光景だった。
 霧影が何かを言った。でも雨が強くてよく聞こえなかった。
 そして霧影は、崩れ落ちるように崖から落下していった。両腕を失くした戦士は、闇が広がる世界へ消えた。
 蒼真が覚えているのはここまでだった。


 頭上に青い閃光が輝き、それを確認した九牙が道場に着いたのはそれから10分後のことだった。
 そこにいたのは剣を片手に握り、血を流して倒れている蒼真だった。霧影の姿は見えないが、そこには金属質の右腕が転がっていた。それを拾い、持っていた左腕と一緒に崖から投げると、九牙は蒼真に駆け寄り止血を行なった。(さいわ)い重傷ではなかったので、すぐに(かつ)いで広場に向かおうとしたが、自分の腹からドクドクと血が溢れてきてるのを見て「あぁ、そういえば深かったんだ」などと余裕をかましながら地面に眠るように倒れた九牙を、静かになったので外に出てきた応援の村人たち(高志、美春、勝含む)が発見したのがその20分後だった。
 
 夜空に輝く青い閃光、作戦失敗の合図に軍は即座に撤退し、村は平穏を取り戻した。
 そして――


 「お、目を覚ましたようじゃな」
 なんか知らないが目が覚めたら目の前に村長の顔があって最初に聞こえたのは村長の声だったので蒼真はとりあえず叫んでみた。
 しかし叫んだと同時身体のあちこちに激痛が走り、ベッドの上で丸くなる始末。しかしそれではらちがあかないので、訊ねてみた。
「・・・・・・ここは?」
「ここは村長の家。軍は撤退した。今日であれから3日だ。もう安心だぞ蒼真」
 そう言った九牙は上半身に包帯を巻いていた。内蔵に傷はなかったらしいが、自慢の髪が血に汚れたのでね、と苦笑していた。
 見事な長髪が、肩まで切りそろえられていた。
「――――ッ! 父さんは!?」
 蒼真は寝たまま左側、そして右側を見る。右側に九牙が、左側に雅人が寝ていた。
「大丈夫。出来る限りの治療はした。命に別状はない。ただ・・・・・・」
「え・・・・・・?」
「ベッドから起きれない。神経に負担が掛かりすぎたのだろう。しばらくは歩くことはできない」
「そう、ですか・・・・・・」
 なんで、こんなことになってしまったんだろう。
 なぜ軍の人間がここに来たんだろう。
 だが、残酷なことだが、その理由を自分と雅人は知っているはずなのだ。
 と、
「蒼真!」
 声に反応して振り向くと、目の前に飛び込み用意の美春。
「うぶっ!?」
 案の定激突と激痛。身体を起こすと高志と勝もいる。そして村の皆もゾロゾロとやってきた。
「まったく心配させやがって」
「皆心配してたんだぞ」
 高志と勝の声。急に訪れた現実感に、もう戦いは終わったんだなと、蒼真は嬉しくなった。
 そしてその時、
「うぅ・・・・・・」
 かすかに聞こえた。雅人の唸り声。
「父さん!」
「・・・・・・ここ、は・・・・・・」
 蒼真がこれまで起きたことを話した。軍の人間がやってきたこと。AP09と呼ばれていた少年のこと。そして霧影のこと。軍が撤退していったこと。
 最後に残ったのは――――なぜ軍がこの村に来たか、だった。
「僕は、それを父さんが知っていることを聞いた」
 霧影もAP09も、雅人が全てを知っていると言っていた。
 しばらく俯いていた雅人だったが、やがて決意を表した顔を上げると、
「・・・・・・皆聞いてくれ」
 雅人が重い口を開いた。
「軍がこの村に来たのは、私の・・・・・・責任です」
「なにがあったのか、訊かせてくれるな?」
 九牙は雅人に同意を求めた。
「あぁ・・・・・・あれは今から15年前のことです」
 その声は、微かに震えていた。

 そして話される。
 壮絶な事実を。


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