ナクラル村の噴水広場に対峙する人影がある。
その数は四人。だが、果たして彼らを人と言っていいのか。それは定かではない。 異能の力を持つ者。異能を上回る者。異能を飼いならす者。異能を植えつけた者。 彼らの戦う理由は一つ。戦いを終わらせるために、戦うのだ。 蒼真は武器がない。ならば、地形を知り尽くした戦いをするしかなかった。AP09の狙いは蒼真だけだ。霧影は九牙に任せていれば大丈夫だろう。そう踏んで、蒼真はAP09を挑発する。……石を投げて。 「…………」 無言で蒼真が放つ石をガンガン(装甲に石が当たる音)と浴びながら、AP09は怒りをあらわにしていた。 「テメェ、ふざけんじゃねェッ!」 装甲に包まれた体を軋ませながら、AP09は森に姿を消した蒼真を追った。 残された九牙と霧影は、それぞれが持つ剣を構え、殺気を放つ。これは稽古ではない。一つ間違えれば、命を落とすことになる。これこそが本当の戦い。命を賭ける戦いだ。 九牙の剣――蒼真に渡した剣を借りた――は先の強力な斬撃でヒビが入っていた。おそらく、あと二度も攻撃を受けたら砕け散るだろう。一方、霧影も自らの魔剣に喰われつつあった。攻撃を行うたびに、力を使う代償として、身を喰らわれていくのだ。剣の牙はすでに肩口まで到達している。次は胴まで喰われることになる。自己犠牲の剣。そこまでして力が欲しかったのだろうか。 「……お互い苦しいな」九牙が苦い顔で言う。 「私は痛みなど感じない。すでに右肩までの神経は麻痺しているからな」霧影が涼しい顔で答える。 「……それは、便利な身体ですね」 九牙は必死に計算していた。剣の強度が持つか、九牙の体力が持つか。相手の手数を考えると、こちらが不利なのは圧倒的だが。それでも、この村。そして村人、弟子達を守るためには……。 こちらも自己犠牲が必要だ。 「すまない、名も無き剣よ。私とここで散る覚悟をしておいてくれ」 その直後抜き足≠ナ霧影の懐まで間合いを詰めた。九牙は下段から上に走りぬけるように斬撃を放った。が、瞬時に対応された霧影の剣によってそれは防がれた。次は状態をひねっての横斬り。だがこれも縦に構えた魔剣によって弾かれた。 どのように連鎖攻撃を加えても、霧影は片腕だけで全て受け止めている。このままでは、九牙の攻撃は全て通用せず、負けるのも時間の問題となる。九牙は思案した。蒼真は、地形の利を味方につけるために森へと入った。ならば自分も、この場所を利用すればいいのではないのか。九牙は考えた。この場所。噴水広場。……噴水!? 「……そうか、その手があったか!」 九牙は素早く噴水の前まで移動すると、斬撃をその根元に放った。ただならぬ気配を感じた霧影は、それを止めようと踏み込んだが、もう遅い。 放たれた斬撃によって砕かれた噴水の根元から、水が勢いよく噴き出した。 ナクラル村は、地盤の高い位置にある。よって、水はけが悪く、地盤が緩みやすい。つまり、いきなりそんな大量の水が地面に降り注いだら。 「なっ!?」 霧影の足元がだんだんと歪んでいき、やがては片足を飲み込んだ。霧影はそれを抜こうとするが、地盤が緩んでいるため、片方の足に力を入れて上がろうとしても、また沈んでしまう。ここが彼の盲点だった。彼は片腕が剣なために、腕を使っての脱出が難しいのだ。空いている左腕は、空をさまよっている。 九牙は噴出している水の勢いに乗って、つまり水の上昇する力を利用して高く飛んだ。そして、重力の力を全体重を乗せた一撃を上空から放つ! 「はぁぁぁぁぁぁああああああっ!!」 「しまっ、――ちぃッ!」 霧影も慌てて右腕を構えるが、先ほどまでと比べて反応が遅れた。 二つの斬撃が空中で交錯する! 舞い上がる大量の血。月光を反射する砕けた剣。おびただしい量の水が、それをすべて薄めていく。月夜に響き渡る轟音とも思える絶叫が、幾度も木霊した。 蒼真は森の中をスムーズに移動していた。子供のころから遊び場として使っていた森は、彼にとっては庭のようなものだ。そして、いま聞こえた絶叫が、焦る彼の心に拍車をかけていた。 ――どうやら向こうは決着がついたようだな。 このような時でも冷静でいられる自分に驚いた。九牙と霧影、どちらが勝ったのかという結果はあまり気にしていないからだろう。 蒼真は九牙が勝つと信じているからだ。 逃げる蒼真の後ろ、木々を薙ぎ倒しながらAP09が迫ってくる。蒼真が目指しているのは、道場だ。来た道を戻ることになんの意味があるのか。誰もがそう思うだろうが、先も言ったとおり、蒼真は地形の利を活かすつもりだ。道場は村の一番高いところ。そして、崖がある場所だ。 蒼真はそこからAP09を突き落とすつもりだ。もちろん、彼が生き延びることを計算に入れている。あれほどの甲殻、装甲に覆われているのなら、落下の衝撃から守ってくれるだろう。再起不能のダメージさえ与えられれば良い。殺すのは、いけない。 「でも、素手で戦うのには結構ムリが……」 蒼真は武器がない。素手で装甲を纏った相手と戦うなど、そんなバカげたことはしないが。 しかし、神は蒼真は見捨てなかった。 ポツ、ポツ、と。地面を打つ水滴。……雨だ! 蒼真はその雨の匂いに心が跳ねた。そう、彼の能力は水を操ること。そして、それは雨も例外ではないのだ。この状況を上手く使えば、もしかしたら勝てるかもしれない。蒼真は勝利を少しだけ思った。 道場の前に来たころには、ドシャ降りになっていた。標高の高いところから水が流れている。水はけが悪いこと。これは今の蒼真にとって、チャンス以外のなんでもなかった。 AP09が辿り着いた瞬間に、蒼真は能力を発揮させた。地面を流れる水を一箇所に集め、巨大な渦を作る。 「テメェ、やらせるかッ!!」 が、AP09の巨体はぬかるんだ地面に沈み、思うように動くことが出来ない。そして蒼真は、その渦を一気に巻き上げ巨大な水流を空中に描いた。水流がAP09の巨体にぶち当たり、それが硬質化していき鉄の拘束がAP09を囲む。そして、そのまま崖下へと突き落とした。 「落ちろぉぉぉおおお!!」 「ガッァアァアア!?」 鈍色の檻に包まれた紫色の物体は、小さな点となり、地面に突き刺さった。鳥が鳴き叫び、その場から離れ、衝撃であたりには土煙が巻き上がった。……終わったのだろうか? あれぐらいで動けなくなるとは思えないが、とにかく三分は安全だろう。拘束の硬質化が解けて、もし身体に問題がなければまた襲い掛かってくるはずだ。 その時、森のほうで誰かが動く気配。 あれからどれぐらい時間が経ったのか。冷たいぬかるんだ感触を肌に感じながら、九牙朱鷺允は目を覚ました。周りの水が少し赤っぽい。……自分の血かと、まどろんだ瞳で夜空を見る。手を動かすと、指を切った感触。砕けた剣の破片に触ってしまったのだろう。握り締め、その痛みで無理やりに意識を覚醒させる。 「……霧影と、刺し違えなかったか。剣を砕かれ、重傷を負わされた。なんという、体たらく……」 早く、蒼真を追わなければ。朦朧とする意識の中でハッキリしていることはただそれだけ。九牙は、重い身体を起こし、森へと進もうとした。 その時、目にした異様な物体。 それは霧影の左腕。……赤い血を傷口に撒き散らしながら、肉が削げてなんとも醜い形になっている。骨があちこちから突き出ていることから、九牙の放った懇親の一撃は相当なダメージだったようだ。恐らく、右腕を庇うために左腕を上に重ねたのだろう。 こんなもの、広場に放置していく訳にはいかない。九牙はそれを拾い上げると、おぼつかない足取りで歩き出した。 人の片腕を手にふらつく青年。彼が酒で酔っているときよりも、近づきがたい光景だった。 森から躍り出た霧影を蒼真は止められなかった。地面に叩きつけられ、泥水が口の中へ入った。それを吐き出していると、歪んだ顔の霧影がこちらに向かってくる。左腕からは絶えず血が流れ、右腕の剣はもう、彼の肩を食い潰したようだ。 「私を、ここまで、追い詰めるとは、貴様らを、見くびって、いたよう――だッ!」 蒼真は能力を使おうと思ったが、相手は死にかけのただの人間。もし、上手く止められたとしても、それが致命傷となって死んでしまうかもしれない。殺してしまう。その恐怖が、蒼真を震え上がらせた。 「……どうした。なぜ、能力を使わない」 「あ、あぁ――」 「怖いのか? 人を傷つけることが!」 「ち、ちがっ……僕は!」 「闘争本能を失った貴様は、失敗作と成り下がった。『 「……アナタが、育てた……!?」 「そうだ。APたちの戦闘訓練は私が、指揮をしていた。中でも貴様は、教えがいのある、駒だった。私に噛みつかんばかりの獰猛な獣のようだった。ゆえに、貴様はこう呼ばれた。『戦慄の蒼い牙』とな」 その事実を知った途端、戦いに対する気持ちが変わった。なんだ、自分は昔から戦うことに慣れていたんじゃないか。蒼真はぶつけようも無い怒りに支配された。自分は、偽善者だったんだと。 カチリ、と。何かが切り替わった音がした。 「なら……」 「アナタを噛み殺すよ、霧影弘蔵」 瞬間、蒼真の周りの雨が全て弾けとんだ。それが全て細かい針となって周囲に吹き荒れる。霧影は右腕を振るい、針を弾くが、あまりにも数が多すぎる。霧影は切っ先を蒼真に向けて、一気に駆け出した。 「そうだ! それでこそ 振り下ろされた剣が大地を抉ったが、そこに蒼真の姿はなかった。高く跳躍し、 「グ、ォォォオオオオオッ!?」 ぬかるんだ地面を転がる霧影。蒼真は、無言で硬質化した剣を手に取る。 だが、その刹那轟音が地面を上がってきた。 「蒼真ァァァァァアアアアアアアア!!」 AP09が大地を砕いて地中から現れた。やはり、死んでいなかったようだ。巨大な腕の横薙ぎを蒼真はマトモに受けて、吹き飛ばされた。 その衝撃で、手に持っていた水を硬質化した剣が霧影の前に落ちた。マズイ! 蒼真はすぐに起き上がろうとしたが、地面がぬかるんでいるせいで手が滑ってなかなか起き上がれない。 霧影はその剣蹴って遠くへ飛ばすと、右腕の魔剣を振り上げて突っ込んできた。そして、彼と蒼真の間にいた―― 「役立たずは、皆死んでしまえ」 ――AP09を背中から突き刺した。 生温かいものが、蒼真の顔に降り注いだ。 「――――ッ!! ァ……」 雨は、よりいっそう強くなっていた。 |