【 Chapter-1<思い出への帰郷> 】
この物語は人知れず――俺も認知してなかったが――俺が 早速で悪いが ……………… ………… …… 三月二十四日 午後八時零分 草伽家ダイニングルーム 「実は来月、急に海外赴任が決まってしまってね」 皆でテーブルを囲み晩飯を食べていると 「天人さん、驚かないのねぇ。私なんて海外って聞いただけで固まっちゃったのに……」 そう言うのは草伽家母、草伽 話をまとめると。三ヶ月後、叔父さんが勤めてる会社のプロジェクトがアメリカで行われることになり、プロジェクトが終わるまでの間ニューヨークに移住するということだ。 それで離れ離れが嫌だということで家族全員でアメリカに行く、という話なのだが。 「叔父さん。だけど、俺はどうしても――」 「私や 「だから天兄は日本に残って水無川学園の学生寮に住めばいいんじゃないかな、って昨日お父さん達と話したんだよ」 俺の言葉を遮り発言した二人は、俺の 俺を天人ちゃんと呼ぶのは草伽家長女、草伽 そして俺を天兄と呼ぶのは草伽家長男、草伽 「……ということだ天人。君さえよければ、水無川学園に通ってくれて構わない。もちろん、僕達と一緒にアメリカに行きたいというなら話は早いのだけど」 少し笑いながら叔父さんは言った。意地悪な言葉に苦笑して、俺は決意を告げた。 「分かってるくせに。そういう質問はナシですよ叔父さん。俺は水無川学園に通います。皆と離れるのは辛いけど、ここでないと出来ないことがあるから」 俺の揺るぎない決心を真っ直ぐ受け止めた叔父さんは、軽く溜息をついて笑うと、 「……やっぱり、そう言うと思ってたよ。寮は僕が手配しておくから、荷造りをしておくといい」 「はい、ありがとうございます」 それじゃあと、自分の部屋に戻って荷造りをしようとすると。 「天人ちゃん、一人で頑張れる?」 「天兄、寂しくて死んじゃわない?」 「天人さん、家事は大丈夫かしら?」 草伽家の面々から色々と心配をされた。本当に温かい家族だと、心から感謝した。ボロボロの自分を八年間世話してくれたのだ。感謝はどんな言葉でも表せないほどに、俺はこの家族が好きだった。 そんな大事な家族と離れることを決意し、俺は天浮橋町へ向かったのだった。 三月二十七日 午後十二時七分 天浮橋町駅前広場 久しぶりにこの地に降り立って(といっても以前の事はあまり憶えていない) だが、美しい町だ。 まず高層ビルが全然ない。目立つ高い建物といったらデパートぐらいだ。発展途上な町なのか、本当に昔のままの町という型にハマっている。どの家も屋根の高さが同じで、古風の家が多い。 東京都心はいくら発達した町でも、空気は汚いし、ビルが多い。夜になると人工的な明かりで星空がまったく見えない。だが天浮橋町は高い建物があまりない、ということは天を明るく染める光はない。きっと綺麗な星が見える場所はたくさんあるだろう。 少し歩きながら街道に目をやる。歩道に並ぶ木が、車道の両端に整っていないことから自然物だと分かる。また、建物が急になくなって来たと思えば、遠くには畑やビニールハウスが見える。空気は美味いし、緑も多い。 緑が多い、という点では一際目を引くのが その名を―― 中等部、高等部で全校生徒二千人を超え、今年で創立百周年を迎えた歴史ある学校だ。八年前に改修工事がされて白銀の城のようになり、年々行われる増設工事により科学技術の最先端を行く研究所のようでもある、と聞かされていた。地元で行われた筆記試験で水無川学園を受験したため、本校はまだ 遠目でもその大きさには圧倒される。一体、山一つを全て学園の敷地にする理事長って何者なんだろうか。 学生寮に挨拶に行った後に軽く学園内を見学でもしてみるかと思い、まずは学生寮に向けて歩き出した。 同日 午後十二時三十分 アーバン商店街 アーバンというのは英語で『都市風の』という意味……だったか? 英語は苦手だからな、全然分からん。 だが商店街を歩いているうちに天浮橋町のことは分かってきた。 まず、人口が少ない。現に今は昼時だというのに、都心みたいな が、目の前には外食か昼食の買い物をしに来ている人達しかいない。しかし逆に、それがいいのだと思った。ゆったりとした空間での、人々の談笑や、店員の客寄せの声が商店街には似合っている。 「そういえば菓子折り買うの忘れたな」 これからお世話になるというのに、学生寮の管理人さんに贈る物を買い忘れていた事に気付き、伝統的な雰囲気を漂わせる和菓子屋を探した。伝統的、というのは俺のこだわり。 甘すぎる洋菓子より、お茶にも合う和菓子のほうが俺は好きだ。ちなみに俺が一番好きな時間は、静かな空間でまったりと和菓子を食べながら、渋いお茶で喉を潤す時だ(ちなみにフミ姉には「お爺ちゃんみたい」と言われたが)。 右に左に視線を移動させる。コンビニ、弁当屋、クリーニング屋、床屋、畳屋、八百屋、模型屋、不動産屋に本屋。さすが、商店街というだけあって店が多すぎる。これだったら、一人で店を回るよりも案内をしてくれる人がいてくれたほうが断然いいだろう。 と言っても、まだこの町に来たばっかりで知り合いは居ない。 「…… 草伽家の皆に申し訳ないなと どんな和菓子があるか期待しつつ、暖簾をくぐった。 同日 午後一二時四十五分 四葉屋店内 店内の左右に多くの棚、そこに一つ一つ種類分けされた和菓子が置いてある。店の一番置くにはガラスケース、そしてレジが正面に だが店のほうとは違い、和菓子の方は レジ前、ガラスケースに 目の前にあるツツジを ツツジは春によく見られる、紫から白まで鮮やかな色を見せる花だ。春というと桜というイメージが強いが、ツツジは春を ――などと考え、『 ナイフのような鋭い目つきでガラスケースを凝視している少女がいた。 いや、少女という表現は適切ではない。少女と女の間といったところか。大人びた顔立ちにキリっとした眉。腰まである透き通ったアッシュブロンドのロングヘアーが店内の照明に反射して、彼女が光を放っているかのように錯覚させる。 そして一番印象的なのが、一点の曇りもなく輝いている さらに気付く。彼女が身につけている服は、水無川学園の制服だ。パンフレットで見たことあるから間違いない。となると、やはり同年代ぐらいだろうか。大人っぽい雰囲気で、そうは見えない。 この町に彼女のような美人がいるとは驚いた。髪や瞳から、どうみても東洋系ではないのだが、顔立ちを見ると東洋系であることは確かだろう……。いったいどこの国の人だろうか、ハーフか? と考えていると、いきなり彼女は俺の方を向いた。細い髪が宙に舞うだけで、柑橘系のような甘酸っぱい匂いが ――そして目が合った。 ……気まずい沈黙が俺と彼女の周辺を支配する。 だが、そんな俺の心配をよそに少女は唇を開いた。 「あなた、どこかで会ったことある?」 瞬間的に頭を冷却した俺は、頭を掻きながら質問の答えを返す。 「いや、初めましてだと思うよ」 こんな綺麗な子に会ったら絶対に記憶されている。それがないってことは初対面のはずだ。彼女はしばらく俺の顔を凝視していたが、しばらくすると糸が切れたように顔を 「そう……。あたしの勘違いだったみたい」 そしてまたガラスケースに顔を向ける。その時の彼女は、どこか悲しそうな顔をしていた。理由は分からないが、その顔を見た瞬間、胸がズキズキと痛んだ。どういう訳か、彼女を一人にしてはいけないと本能的に感じた。そして考えるよりも先に声を掛けていた。 「君はどれぐらいこの町に住んでるの?」 突然話し掛けられて彼女は少し驚いていたようだが、すぐに返してきた。 「……産まれたときから」 「マジ!? あのさ、俺今日この町に来たばっかりで商店街とか広すぎてよく分からないんだ。だから……、よければ案内してくれないか。ここで会ったのも何かの縁だし」 アホみたいな口実である。 「あなたの案内人になれってこと?」 「そう」 むー、と顎に手を当てて彼女は レジでは店員さんが成り行きを見守っている。ナンパだと思われてないだろうか……。 唸り終わった彼女は、ただ一言。 「いいわよ」 簡単な答え。と思ったら、彼女は無愛想な態度で、しかもどこか楽しんでいるような小悪魔的な笑顔でさらに言った。 「ただし、条件があるわ」 「条件?」 俺は背中に感じた寒気に嫌な予感を抱きつつも思わず聞き返す。 彼女の輝かしい笑顔の裏に、一瞬悪魔が映ったのは気のせいだと思いたい。 |