Chapter-4<刻まれし遺詠>

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 三月二十八日 午前十時三十七分 八百屋魂
 
 俺は一人、アーバン商店街を訪れた。
「すいませーん」
 店内に向かって声を掛けると、頭に『八百屋魂』と描かれたハチマキを巻いたマサさんが出てきた。
「おいよぉっ、いらっしゃい! ……んん? 君は結命(ゆい)ちゃんの彼氏君じゃないか! どうだ、ウチの野菜は美味かったかい?」
「はい、とても美味しかったです」
 本当は食べていない。昨日和歌森に頼まれて買った食材は今晩の鍋に使われるそうだ。今は、マサさんに悪いがウソを付く。
 なぜなら、俺には確かめなくてはいけないことがあったから。

九年ぶり(、、、)ですね、マサさん。俺のこと覚えてますか?」

 マサさんが目を()いて驚愕している。口をパクパクさせながらも、声を発した。
「ま、さか。あの時のボウズかっ!? 結命ちゃんの彼氏君が、まさか……」
 彼氏ではないのだが、誤解を解くのはまた今度で良い。
「あの時は助けてくれて本当にありがとうございました。すぐに草伽(くさか)の叔父さんに引き取られちゃったので、ちゃんとしたお礼が言えなくてすいませんでした」
 深く頭を下げる。マサさんは困ったように、
「いや、いいんだよそんなことは。ちゃんと元気になった姿を見せてくれたんだから、それだけで嬉しいよ。ほらっ、顔を上げて!」
 マサさんは懐かしむような顔で空を見上げていた。
「そうか、……もう九年も経ったんだな」
 しゃがれた声で、マサさんは言った。この人もあの光景を目の当たりにした。起こりえないと思っていた、日常の崩壊。映像で情報化された(まが)い物とは違う、現実の惨状。暗黒と無慈悲(むじひ)な静寂に包まれた、世界から隔離された空間を。
「マサさん、お願いがあります。頂ヶ丘(いただきがおか)総合病院の場所を教えてください。嫌な記憶はハッキリしていても、病院の場所までは記憶にないから」
 マサさんは「本気か?」と目で告げてきた。
「俺は、ちゃんと受け入れなくちゃいけないんです。両親の墓の前ではなく、両親が死んだ場所で」
 偽りのない言葉。偽りのない意思をマサさんに感じ取ってもらうために、俺は真摯(しんし)な態度で話す。
「でもどうして今更、当てもなしにこの地を訪れたんだい? 場所なんて、草伽さんに聞いたほうが早かっただろう?」
「なぜでしょう、……草伽の叔父さんは俺に病院の場所は教えてくれませんでした。それにあの事故の後、都市化計画で天浮橋町(あめのうきはしちょう)の大部分を建て直した所為で、現在の地図に頂ヶ丘総合病院の場所は描かれていませんでした。だから、今俺が頼れるのはマサさんだけなんです」
 マサさんは俺の目をジッと見て「……立派になったなぁボウズ。今のボウズなら受け止められるはずだ」と言ってくれた。そして、簡単な地図描いてくれた。


 三月二十八日 午後十一時十三分 頂ヶ丘総合病院跡地・威文山総合病院

 光纏山(こうてんざん)の正反対に位置する威文山(いふみやま)。その頂上(といっても標高は二十メートルにも満たない)に真っ白な建物がある。
 本当は頂ヶ丘総合病院が在った場所。そこはすでに新たな病院が建てられている。威文山総合病院。失くした物の代わりに建てられた、代替物。
 俺は病院の周囲を散策した。すると、町が見える位置に巨大な慰霊碑が建てられていた。遺詠が刻まれている。

『過ちに消えた魂。この地と共に眠る』

 ……あの悲劇も、時間が経てば忘却(ぼうきゃく)の彼方だ。
 結局、事故に縛られ、今も忘れられないのは被害者の親族か、生き残った人たちだ。
 忘れもしない。九年前の一月二十二日。
 ………………
 …………
 ……


 俺の父と母は十八歳の時、高校を卒業と同時に周囲の反対を押し切って結婚した。それから二年と経たないうちに、俺が産まれた。
 だが……若い二人が家族三人、子供を(やしな)って生活できる充分なお金を持っているわけなく、生活の苦しい日々が続いた。なにせ周囲の反感を買ったため、頼りになる親戚はおらず、二人とも親族を早くに亡くしていたので夫婦共働きで生活しなければならなかった。
 両親は帰りがいつも遅かったのをボンヤリ覚えている。いつも営業用のスーツを着ていたので普通の会社に勤めているのかと思っていたが、実は違った。ほとんどの子供がそうであるように、両親が仕事をしているところなど見たことがなかったからな。
 四歳になった俺は、幼稚園に通い始めた。同じぐらいの歳の子と一緒に遊びまわっていた。そんな俺も、両親が迎えにくると泣きながらすがり付いていた。いつも、どの家族より最後に両親が迎えにきていたからだ。やはりまだ子供、一人というのが怖くて、寂しかったのだ。
 そして、俺の六歳の誕生日の前日。それが九年前の一月二十二日。
 その日、両親は朝早くから出かけることになった。急に仕事が入ったのだと、申し訳なさそうに言っていた。ところが父は突然顔をニヤつかせ、いつも父が悪巧(わるだく)みをするときに見せる顔で俺を見たのだ。
「よーッし、前祝いだ。俺達の仕事場を見に来ないか?」
「パパとママがどんな仕事をしてるか見せてあげるわ」
 俺は嬉しくて仕方がなかった。両親の仕事場は興味あったし、久しぶりに家族で出かけられる。楽しみで楽しみでしょうがなかった。
 支度を終えた両親と一緒に車に乗って出発した。
 目的地の場所は読めなくて分からなかったが、遠い場所にあるということは分かった。人通りの少ない道を通ったのを覚えている。やがて、真っ白い建物が現れた。
 それが両親が勤めている病院だという。ちょっと恥ずかしそうに父は言った。
「パパとママはお医者さんだ。人の命を助けるのが仕事。分かるか?」
「おいしゃさん……」
 どこか舌足らずな口調で俺は言った。この時初めて、両親が医者ということを知ったんだ。子供だった俺にはよく分かっていなかったが、両親の仕事はとても尊敬できた。どんな病気でも治すお医者さん。俺の目には神様のように映っていたと思う。
 自動ドアをくぐると、受付のお姉さんが挨拶をしてきた。どうやら両親と親しいようで、受付口を出て軽く会話をしていた。しばらくしてお姉さんと目が合った。俺と両親を交互に見ると「そっくりですね」。顔を見合わせて「どっちに?」と両親が返して、お姉さんは笑っていた。たわいもない会話だが、俺にはとても新鮮に思えた。とても楽しそうな仕事場だと、無邪気に思っていた。
 お姉さんは受付に戻り、両親は更衣室に入っていった。しばらくすると、白衣に身を包んだ両親が更衣室から出てきた。得意げに「似合うだろ」と父が言っていたのを覚えている。その時俺はなんて答えたっけ……。
 両親に連れられて院内を見学した。診察室、薬品庫、ナースステーション、真っ白なシーツが風に揺れてる屋上。病院はどこも真っ白で、どの壁にも染み一つなんてなかった。
 そんな静寂もすぐに緊迫した空気に飲まれた。
 遠くから喧しいサイレンの音がたくさん聞こえてきたと思ったら、病院の入り口が慌ただしくなった。近くで大きな爆発事故があったと誰かが叫んでいた。怪我をした人がたくさん運ばれて、両親も仕事に駆り出された。
 それからは退屈な時間が続いた。それはしょうがないので、俺は受付のお姉さんに病院のアルバムを見せてもらっていた。病院にもアルバムなんてあるんだと思いながら開いて見た。そこには忙しそうに仕事をしている両親も写っていた。
「お父さんとお母さんはとても頑張り屋さんなのよ」
 写真を見ていた俺に、受付のお姉さんは言った。
「二人ともまだ若いのに、あんなに仕事熱心で。まだ休暇も消化してないのよ」
 社会の事とかはよく分からなかったので、とても大変なのだろうと思った。少しでも分かっているつもりだったが、知らなかったことのほうが多かったみたいだ。
 そのあともいろいろお姉さんに話を聞いた。父はお調子者で、でも優しくて、入院患者とはすぐに仲良くなって、苦しい思いをしている患者を励ましたりする患者思いの医者だということ。母はなによりも患者のことを大事に思い、検診の時以外でも患者を回ったりする女神のような医者だということ。
「ほんと、彼らがいなかったらこの病院は終わってたかも。この病院、ちょっと特殊だから」
 受付のお姉さんはそう呟いた。特殊≠フ意味が分からない俺に「まだ子供には難しかったかなー?」と笑っていた。

 ソレ(、、)は唐突に起こった。

 天地が揺れるほどの大爆発が目の前で起きた。黒い煙が見えたと思った瞬間、サイレンも待合室で順番を待っていた人々の話し声も、爆音で全てかき消された。一瞬後、衝撃波が全身を駆け抜けた。雷が落ちたような音が病院内に響き渡る。崩れ落ちる天井。怒号、悲鳴、助けを求める声、全てが混沌と化し、聴覚を刺激する。
 正気に返ると、お姉さんが俺に(おお)かぶ()さるように(かば)ってくれていた。彼女の頭からは一筋の血が垂れ流れていたが、それでも彼女は俺に笑みを向け、逃げてと言った。
 俺は彼女の腕から抜け出して、走った。逃げろと言われたが、両親のことが心配だった。先ほどの爆発は診察室の方から見えたのだ。まさか巻き込まれたのではないかと、いろいろな言葉が頭の中を駆け巡って気持ちが悪かった。
 完全に崩れた壁から診察室に入る。瓦礫(がれき)の山と黒煙でよく見えない。それでも必死に瓦礫に登り、父と母の名前を呼び続けた。すると微かに俺を呼ぶ声に気付いた。
 瓦礫に埋まって姿は見えないが、暗闇から伸ばされた手の先には青い石の指輪。父と母が着けていた指輪。指は太い、父だ。父が瓦礫に埋まっている。
 そう思ったら行動は早かった。
 父の上に乗っている瓦礫を一つ一つ慎重に掴んでは投げていく。瓦礫の山を崩してしまったら、もう自分の手に負えないと、頭の端っこでは理解していた。
 やがて瓦礫の隙間から父の顔が見えた。顔は(すす)で真っ黒になっていたが、目の輝きは失ってなかった。助けを呼ぼうと思い、部屋を後にしようとしたら父に呼びとめられた。
「俺はもう、……無理だ。爆風で、飛んできた――破片が、何個も身体を貫いて……やがる。助かりっこ、ないさ……」
 そう言うと父は震える手でポケットから何かを取り出した。それは(ねじ)れた輪に、不思議な色の宝石が付いたペンダントだった。
「誕生日、プレ……ゼントだ。それを、絶対に、――肌身離さず持っているんだぞ。……いいな?」
 一つ一つ言葉を紡ぐ父は、土気色の顔を無理やり笑顔にした。
「ごめんな、愛する息子よ。せめて……お前だけは、――――」
 ……最後の言葉は聴こえなかった。
 父が笑って、目を(つむ)った。まるで眠ってるようだった。
 再び振動が起こり、さらに天井が崩れ落ちた。落ちてきた天井は、診察室という場所を完全に瓦礫の山とした。俺は先程までの会話を反芻(はんすう)しながら、診察室を見つめていた。 
 父の突然の最後に、なんの言葉も出なかった。手の中のペンダントが、場の雰囲気に似合わない輝きを見せた。

 母はどうしたのだろうか。そう思った刹那(せつな)、廊下の角から白衣をボロボロにした姿で母が現れた。生きてる。そう安堵(あんど)した瞬間、母もこちらに気付いた。しかし母は、喜びでもなく驚きでもなく、その顔に絶望を宿してこちらに走ってきた。
 そして優しく俺を抱きしめた。温かい抱擁(ほうよう)。俺はこの時安心感で胸が一杯だった。母が震えているのに気付かないほど。
 母の髪で(さえぎ)られる視界。その視界の隅に金色に輝く人影があった。それが誰なのか分からないまま、影は母に向かって突き進んだ。短い悲鳴と共に、母の身体の重さを感じた。
 生温かい何かが身体を染めていくような感覚に(おちい)り、沈み往く意識の中、俺は理解していた。
 父も母も死んだ。
 その事実だけが、嫌に頭に残っていた。

 ここで記憶はプッツリ途切れる。

 目が覚めると、目の前が真っ白だった。それは病院の天井で、自分は今病院の一室にいるのだと理解するのに数十秒掛かった。
 そして理解したと同時に俺は情けないほどの大声と大粒の涙を流しながらとにかく泣きたい衝動に駆られた。突然、一人になった孤独と、両親の死と、とにかくいろんな悲劇が心的外傷(トラウマ)になって俺を追い詰めた。だが子供なりの妙な意地(プライド)がそれを許さなかった。
 その時病室のドアが開いた。入ってきたのは山のように身体が大きいオジさん。
 それがマサさんだった。俺の頭にポンっと手を置いて、
「ボウズ。男はな、泣きたいときに泣かないと、後悔するぞ」
 開口一番、マサさんは厳しさを強く滲ませながら俺に言った。
「……うぇ、――っく」
 そして俺は、情けないほどの大声と大粒の涙を流しながらとにかく泣いた。体内の水分全てを涙に変換したような泣きっぷりだったような覚えがある。……恥ずかしいな、今思うと。
 数十分掛けて泣き止んだ俺は、マサさんと少し話した。マサさんも頂ヶ丘総合病院に居て、爆発に巻き込まれたが運良く重傷は(まぬが)れ、院内を走っていたところ、すでに冷たくなった母親に抱かれた俺を発見したらしい。
 やがて、駆けつけた救急車に乗って病院まで付き添ってくれたという。
 マサさんは最後に悔しさを顔に出して言った。
「お母さんを助けてあげられなくて、ごめんよ」
 マサさんは爆風で壁に叩きつけられた衝撃で、左腕を骨折していた。
 だから運べたのは、俺一人だった。
「うぅん、おじさんがあやまることじゃないよ」
「――なぁ、ボウズ。少しオジさんの話相手になってくれ。……一人だとな、不安なんだ」
 マサさんはとても苦しそうに、無理やり笑っていた。
 
 次の日。俺の誕生日。頂ヶ丘総合病院で死んだ人たちへの葬儀が行われた。俺はそこで、とある人と約束を交わし、草伽の叔父さんに引き取られた。マサさんは夜が明けると町に戻ってしまったから、ちゃんとしたお礼も言えないままお別れになり、両親とも、本当にお別れが出来ないまま九年が過ぎてしまった。


 三月二十八日 午後一時八分 天浮橋町駅前広場

 慰霊碑の前での黙祷(もくとう)を終え、複雑な心境で両親の死を受け止めた後。
 俺は広場の噴水に腰掛け、空を見上げる。
 天浮橋町に着いてから、どうしても思い出してしまう過去。忘れたい過去。夢ではなく、現実だった過去。時間という忌避することのできない流れに逆らってみようと、いったい何度試みたことか。
 
 ここは俺の両親が産まれた町。

 入学というのはただの言い訳で、この町に来たかった本当の理由は――単純。
 九年間、両親が死んだ事故に疑問を持っていた俺は、答えを探しに来た。事故の原因は、電圧機器の熱暴走による爆発だったと世間では言われている。だが、あの金色の人影を見た俺には、その説は考えられなかった。何者かが人為的に起こした虐殺だと、俺は推測している。

 手がかりが、……何でもいいから手がかりが欲しい。


 同日 午後五時三十三分 第七学区学生寮管理室

 手がかりを求めていたはずの俺の手は、なぜか包丁を握っている。
「……これはどういうことだ和歌森」
「決まってるでしょ。今日黙って出かけたバツよ!」
 あー、そうかいそうかい。寮の門を開けた瞬間にドロップキックを顔面に喰らったんだからもうバツなんてないと思ってたよ。
「…………白」
「なんか言った?」
「なにも」
 そもそも黙って出かけたのは、過去を知られたくなかったからだ。そんなに親しくもない奴に、自分のことを話すのも、知られるのも……あまり好きじゃない。今はただ、現状に流されているだけだ。
 包丁に、今日一日の色んな思いを込めながら野菜を切っていく。もちろんマサさん(とこ)で買った野菜だ。さらに言うなら、なぜか管理室なのに月海(つぐみ)さんや娘の叶恵(かなえ)ちゃんは不在で、俺と和歌森だけだ。
 トン、トン、トンとテンポのいいリズムで野菜を切っていく。
 和歌森はさっきから野菜洗って、皮を剥いて、それを渡してくるだけだ。洗い終わったら水ん中に入れといた昆布をボーっと眺めているだけだし。
「……なぁ、なんでいつも制服なんだ?」
「他に着る服ないから」
「……そうか」
 会話が続かねぇ。ってか私服持ってない女学生って変じゃないか? 和歌森はそういうのに興味ないって言ったらそれでお終いなんだろうけど、そういうのって寂しくないのかな。
「よし、切り終えたから俺の言う順番で手伝ってくれ。まずは土鍋に火を。んで沸騰する前に昆布を取り出す。汁が沸騰してきたら肉を早めに入れて。美味しいダシが出るから。次は野菜。白菜の白い部分とか、火が通りにくいものから入れる。葉ものは最後な。いっぺんに入れんなよ、温度が下がってアクが出やすくなるから。豆腐は崩れやすいから鍋の隅っこな。しらたきと肉は離して入れろよ。しらたきのカルシウム分が肉を固くするから。それと、アクも旨みのうち。余り神経質になって取りすぎんなよ」
「…………」
 あれ? 和歌森が仰天ポーズで口開けて馬鹿っぽく固まってる。
「詳しいのね、料理。男の子なのに」
 ようやく口を開くとそれだけ言った。
 草伽家は料理当番交替制だったからな。九年も続ければ、自然と身についてるもんだ。
「性別なんて関係ないだろ。それに俺はカレーのお礼がしたかっただけだ。だから料理してる」
 本当の答えではないけれど、お礼がしたいのは本心だ。昨日カレーをご馳走になって、美味しいって言ったら、月海さんはとても嬉しそうな顔をしていた。俺も料理を続けてるのは、食べてもらえる喜びを知ってるからだし。
 だからこれはバツなんかじゃないぞ、和歌森。
「ちょっとあんたが羨ましいかな」
 沸騰した鍋に具を突っ込みながら、和歌森が少し寂しげに言った。おいおい乱暴に入れると具が崩れるぞ。
「何も変わらないって言ったけど、始めようとしてなかったのかもね、あたしは」
 なんのことか()こうとしたその時、壊れたまんまのドアを外して月海さんと叶恵ちゃんが帰ってきた。
「たっだいまー! ……ってあれ? なんで三上君が料理してるわけ? エプロン似合ってるけど」
「結命ちゃん、もしかして天人先輩に押し付けたんじゃ……」
「……うぅ。許して月海、叶恵。やっぱり料理なんて無理だぁー!」
 ははぁーん、そういうことだったのか。だから俺も巻き込んで料理させようと考えたわけだな。だが、誤算だったな和歌森。
 俺はお前より料理が出来る!!
 容姿端麗(ようしたんれい)でも、料理が苦手。和歌森結命の欠点一つ発見だ。
「鍋なんて久しぶり……。大人数でテーブル囲むこと、あまり無いからね」
 横から鍋を覗きながら月海さんがポツリと「三上君の料理楽しみにしてるよ」とだけ言って奥の部屋に行った。同じように叶恵ちゃんも覗き込んで「先輩の料理楽しみです」と言って自室に向かった。
 それを和歌森が面白くなさそうに眺めながらアクを取っていた。お前も精進しろよ。

 今は、渦巻いていた嫌な思いなんて忘れて、料理を作ろう。
 絶対に、美味しいと言ってもらえるように。


  開幕/同化する過去……終 →→→ 始……第一幕/胎動する舞台

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