Chapter-1<学城の主>

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 あっという間に時間が流れて、……という一文で片付けたいが、実際はほとんどが和歌森結命(わかもりゆい)という傍若無人(ぼうじゃくぶじん)・唯我独尊の、容姿端麗(ようしたんれい)にしておくのが勿体無い女のお使いというか手伝いというかパシリっぽい扱いを受けて料理したり買い物しながら過ごしていた。
 結局俺が何を言っても、あいつは聞き入れないのだ。
 叶恵(かなえ)ちゃんがいなかったら、なんの癒しもなしに俺は精神疲労で倒れていたことだろう。
 月海(つぐみ)さんはずっと学校の仕事で寮に戻るのは遅かったし。
 そして、3LDKもある俺の部屋は、相変わらずルームメイトはおらず俺一人である。正直、退屈だ。男女同じ寮だからとはいえ、部屋の行き来はいけないと思うし。なにより和歌森と顔を合わせるのはカンベンだった。
 ……っと、前置きが長くなったな。
 つまり、ロクに情報も得られなかった春休みだったワケで。


 四月一日 午前九時三十分 水無川学園体育館
 
 そして俺は――水無川(みながわ)学園高等部の入学式を迎えている。バスケットのハーフコートが四つも並んでいる体育館で、緊張な面持ちの新入生(俺もだが)が一番前の列に並べられたパイプイスに座り、その後ろに二年生が座っている。新入生との顔合わせも兼ねているのだろう。その後ろに親族、両側に教職員、後援会の人たちが座っている。
 まずは司会進行の先生の挨拶から始まり「理事長からの挨拶です」とプログラムが進められた。俺ってこういう空気苦手なんだよなぁとか思ったその時だった。
 恐らく新入生の誰もが衝撃を受けただろう、その人物の登場に。
「は?」と誰かがマヌケな声を出した。いや、俺だったのかもしれないが――現れたのはなんか、ちっさい子供だった。外見では小学校高学年ぐらいの、まだ幼すぎる顔。赤みがかかったロングストレートの黒髪が、外見に似合わない大人っぽさを出している。しかし、どうみても身長が140cmぐらいしかないので、つりあっていない。どうみても背伸びしてる子供だ。
 あぁ、……マイクに顔が届かなくてミカン箱持ってきた。本当に理事長なのか?
 新入生のあちこちから「可愛いー♪」「ガキじゃん」「誰かの子供?」「萌えェェエエエエ!」とか聴こえる中、二年生は下を向いて黙っている。……なぜ?
 理事長≠ニ紹介を受けた子供はようやく一言。

(わらわ)をロリだの幼女だの侮辱した愚か者は即刻退学にしてやろうかぇ?』

 ……………………はい?
 ……空気が、凍った。体育館に響き渡った、外見幼児のドスの利いた声に皆言葉を失っている。って、これはギャグなのかマジなのか。しかも妾って言ったよあの子。
『嘘じゃ嘘じゃ。今日はえいぷりる・ふーる……とかいうやつであろう? 必ず嘘を一つ言わなければいけないというこの国の――なんじゃ白樺しらかば、……進行しろ? 妾が言葉を発しておるのに水を差すのか貴様。今月の給与査定を楽しみにしておれ』
 マイク入りっぱなしだし……可哀想だな白樺って人。
『こほんっ。妾が水無川学園理事長、霧裂赤夜(きりさきあかや)じゃ。このような外見をしておるが、成人はとっくに過ぎておる。諸君、入学おめでとうぞ。あぁそれと、ふざけた名前だと思った奴は死にさら――なんじゃ白樺! いい加減にせんか!』
 なんだこの入学式。
 それからはちゃんと流れ通りに進行し、最後に『子供扱いすると怒るぞぇ』と言い残した理事長を先頭にお偉いさん方が退場し、新入生、在校生の順で退場した。退場の際、和歌森の姿を見つけたが、……学校じゃ廊下で顔合わせるぐらいだろう。挨拶なら寮でも出来るしな。
 
 ということで、俺は一年生側の玄関にあるクラス分けの掲示板の前にいる。一年生は八クラスに分かれ、一クラスが約四十人と結構多い。早速自分の名前を探すことにしたが、……見つけるの大変そうだな。
 一年四組に差し掛かったところで、やっと見つけた『三上天人(みかみあまと)』の名前。真ん中のクラスか。人がたくさん行き来しそうだなぁとか考えて、そのまま視線を下に移して、
 絶句した。
 マ行の下、ワ行に。
 『和歌森結命』の名前があったからだ。神様のバカヤロウ。


 四月一日 午前十時三十分 水無川学園一年四組

 名前の貼ってある席に着く。すでに大体の生徒が座っている。こいつらと一年間勉強するんだなぁとか思うと、ちょっと不思議だ。
 でも、もっと不思議なのが。
「やっと来たわね、三上。さっきあたしのこと無視したでしょ。なんでー?」
 斜め後ろの席、笑顔で言う和歌森。……そうですね、名前順とか考えるとこうなる可能性もあったね。隣じゃないだけまだマシだが。
「……お前さ、とりあえず喋りかけてくるな。親しい関係だと誤解されるから」
「ヒドッ!? 冷たいなぁ三上」
「考えてみろって」
 俺は肩を(すく)めて周囲をアピールするようにして和歌森に言った。
「お前みたいな銀髪で赤眼(レッドアイ)の日本人離れしてる子と話してたら、嫌でも目立つ」
「加えて美人だもんね☆」
「……自分で言うなよ」
 前を向いて溜息。……すごい一年間になりそうだ。あぁ、まだ名も知らぬクラスメイトたち。いつまでも羨むような哀れむような珍しいものを見るような目で見ないでくれ、頼むから。
 丁度その時ドアが開き担任の先生が入ってきた。
「皆揃ってますかー? 席に着き……なさい」
 ってこの人白樺先生ぇぇえええ!? ちなみに間が空いたのは和歌森を見て固まってたからだ。うん、そりゃ見惚れるだろう。だが本人が自分の容姿レベルを理解して、それを武器に使う時が一番怖いのですよ。
 さて。担任白樺先生の進行のもと――入学式の再現みたいだが――生徒一人ずつ自己紹介が行われ、明日の授業の簡単な説明を受け、この日は解散となった。余談だが、和歌森は自己紹介のとき、名前と挨拶しかしなかった。実はアガリ症なのだろうか。……なわけないか。
 筆記用具しか入ってない鞄を持って教室を出ようとした、その瞬間。

 後頭部にすごい衝撃を受けてそのまま転がって廊下の壁に激突した。

「ぐぇふっ」情けない俺の声。
 廊下にいた生徒が何事かと足を止める。周りを無視しドアのほうを睨らむと、そこに髪を深緑(ふかみどり)に染めた、不良のような面持ちの少年がいた。ニカッと笑うと俺の腕を引っ張って立たせてくれた。意味分からん。
「おい、人のこと吹っ飛ばしておいて笑って済まそうなんて思ってないだろうな?」
 手を払って俺は睨みつける。だが相手は笑みを崩さずに、
「なーにマジになってんだよっ。挨拶だよ、挨拶ラリアット。目が覚めたろー?」
「……ふざけるな。初日からこんなハードアタックは予想してなかった。まず謝れ」
 俺は態勢を崩さず、まだ睨みつける。
 ダメなんだ、攻撃してきた人間はどうしてもそういう目で見てしまう。思いたくないのに、アノ記憶が俺の意識に刷り込みをする。三上天人を攻撃するやつは敵だと。
 俺の異様な雰囲気を感じ取ったのか、少年は黙ってしまった。そこに、新たな声。
「まったく、自業自得だな馬鹿者。お前の挨拶を受け入れてくれる人などこの世にいないと言っているだろう。彼に謝れ」
 寄せる獣を打ち払うかのような、鹿威(ししおど)しを連想させる静かな声。跳ねた黒髪に金のメッシュ。フレームのないオシャレな眼鏡を掛けた、俺の気持ちを代弁してくれた彼は不良少年の頭を押さえて厳しく言った。
「……ちっと聞きたいことがあっただけだったんだけど冗談が過ぎた。悪かったな」
「こうして馬鹿も謝ってることだし、許してやってくれないかな。三上君?」
 名前を呼ばれて、ハッとなる。……そう、だよな。何を警戒してるんだ俺は。
 こいつらは、恨むべき敵じゃない。
「……いや、俺も意地張って悪かった。えっと、君は確か――」
「僕は室生志麻(むろうしま)。これから一年間よろしく」
「オレは阿宮鉄平(あみやてっぺい)。ヨロシク」
 傍目からみても長い付き合いだと分かるこの二人は、同時に手を差し伸べてきた。室生が左手、阿宮が右手。……え、握手だよな? とりあえず握ってみるが、なんか俺捕まった宇宙人みたいな図になってない?
 とか思っていたら案の定。
「アホな光景ね」
 続いて教室から出てきた和歌森に言われた。と、その後ろにショートカットでサイドだけ伸ばした茶髪に茶色の瞳を持った大人しそうな女の子が居た。前髪を纏めた髪飾りが特徴なこの子は、和歌森のルームメイトである。
「アホって言うな和歌森。よっ、小枝倉。同じクラスだな」
「天人っち、これから一年よろしくね!」
 大人しそうに見えて実は活発な小枝倉美咲(さえくらみさき)は和歌森の親友――と以前寮で会ったときに紹介された。親しみやすくて姉御肌な女の子だ。その点は、和歌森と似ているかもしれない。
 とりあえず今までの経緯を話して、互いの自己紹介が終わった後。阿宮が緊張した声色で言った。
「それにしても、結命ちゃん随分ハデだよねぇ。そこまで気合入れてきてんの、ビックリしたぜ」
「それは僕も驚きました。銀髪に、赤いカラーコンタクト。不思議と似合ってるから、誰も注意しない。思わず見惚れちゃうぐらいですから」
 確かに、この水無川学園は基本自由だ。髪を染めるのも、装飾品を付けるのも。ただ行き過ぎたオシャレはさすがに注意されるが、生徒もそれを(わきま)えているので今まで問題になったことは無いらしい。
 ……でも、俺には和歌森の外見は作り物じゃないように見えるんだが。まぁ、いいか。
 さて。それじゃあ照れてる和歌森は無視して寮に帰るか。一歩踏み出し、――グイッと引っ張られた。(いぶか)しげに振り向くと、和歌森が俺の腕を引っ張っていた。
「……なに?」
「なに? じゃないわよ。まさか帰ろうなんて氷点下並みの行動するつもりじゃないわよね」
 なんだその例え。
「悪いか、帰ろうとしちゃ」
「あんたね。何かの縁で出会った人たちと交友を深めよう! とかそういう考えないわけ!?」
 ……あぁ、そうだな。『一期一会(いちごいちえ)』だ。今回ばかりはお前の言うことは一理ある。
「分かったよ。だが、先に言わせてもらうけどな。絶対におごらないぞ」
 よっしゃ! という顔をした和歌森が一瞬にしてふてくされた。そんなこったろうとは思ってたよ。


 同日 午前十一時三十四分 第四学区喫茶店『☆デトックス☆』

 学区内運行バス『園号車(えんごうしゃ)』で第四学区に移動した俺達は小枝倉と和歌森に先導されて、草や(つる)に覆われて外装の見えない店の前まで来た。
 デトックス。体内に溜まった毒素を排出させるという健康法の名前を付けた喫茶店に俺達五人は居る。男子と女子で向かい合う形で座った俺達は、互いにこの地に来た理由を話しだした。
 小枝倉は親の反対を押し切って東京で一人暮らしがしたかったらしい。本当に理由がそれだけなのが、この子の行動力を物語ってるな。
 阿宮鉄平と室井志麻の二人は、天浮橋町の隣町に住んでいるらしく、近くにあって大きい学校を選んだそうだ。この二人、小学生からの腐れ縁らしい。どうりで仲が良いわけだ。若干、室生の優勢だが……。
 和歌森は「先生に知り合いが居てね、それで」とか言っているが、それは月海さんのことか?
「お前はどうなんだ? 三上」
 とか考えてたら阿宮に話を振られた。……どうするか。本当のことを話すわけにもいかないが、黙っていても不審に思われるだけだ。
「俺の家族って各地を転々しててさ、今度は海外行くって言い出したんだけど俺は日本に残るって言って。それで前に住んだことあったこの町を選んだんだよ」
「へぇー、お前ん家金持ちなんだなぁ。オレなんて旅行すらしたことねぇよ」
「それはお前が無計画に予定を入れるから、連れてってもらえないだけだろう。家族が居ないとか言ってウチに泊まりにくるのは正直迷惑なのだが」
 俺を挟んで漫才やってる二人は置いといてと。
「ねぇねぇっ。これからさ、カラオケとか行かない? 第四学区って遊べる場所たくさんあるんだよ!」
「あたしも行きたい!」
 小枝倉と和歌森はきゃいきゃい騒いでいるが、
「カラオケ……。俺はその、音痴だから。パス」
 俺はあまり乗り気じゃなかった。というか、何か胸が重い。何かを溜め込んでいるような、焦っているような、そんなモヤモヤした気持ちだ。
 俺は、何かを恐れているのか……?
 俺のパス宣言に女子二人が反論しようとした。

 その刹那、この穏やかな空気をぶった切る知らせが流れた。

『――次のニュースです。東京都天浮橋町の廃工場で顔を切裂かれた女性の遺体が発見されました。被害者の死亡推定時刻から、犯行は昨夜十一時頃とみて警察は捜査を進めています。遺留品から、被害者は天浮橋町の印刷会社に勤務していた二十代の女性ということが判明。警察は被害者の身辺調査を開始しました。なお、犯人の行方はまだ分かっていません。繰り返します――』
 店内のテレビから発せられたアナウンサーの声が、店内の温度を下げたようだった。皆が無意識のうちに会話を止めて、テレビから流れる音声に聴き入っていた。
「……凶悪だな」一言、室生が呟いた。
「酷い……!」小枝倉が怒りを込めた声で静かに言った。
「……」鉄平は腕組んで黙っている。
 その重苦しい空気の中、突然和歌森が席を立った。
「美咲。今日はもう解散しよう。学校から連絡来るかもしれないし、遅くまで出歩くのは危険だよ」
「え、うん……っぽいね。残念だけどお開きにしますかっ」
「そうだね。焦らなくても、また明日学校で会えるしね」
「だなっ、んじゃ三上っ会計よろ」
「あぁ、オッケー。……って待てお前ら! なに荷物まとめて店出てんだよ!? オゴリか、オゴリなのかチクショウあとでちゃんと払え!!」
 突然、(あわただ)しく終わったお茶会。……ったく、こんなんじゃ先が思いやられるぜ。俺の立場がな。
「また明日学校で」とさよならをして阿宮と室生と別れ、小枝倉と和歌森と寮に向かおうとしたら……あれ?
「小枝倉……。和歌森はどした?」
「えっ? ……あれ、いないね」
 さっきまで小枝倉の横に居た和歌森が、空間転移したように消えた。そこに居た痕跡すらない。
「ったく、何も言わないで消えるなよなアイツ」
「結命ぽんは何か思いついたらすぐに行動するからねぇ。すぐには帰ってこないと思うよ」
「俺もこの一週間でそれは身に染みたよ……」
 俺は苦笑しながら、人通りを眺めた。もしかしたら、逃走中の犯人が混じってるかもしれない。そう考えた瞬間寒気がした。
「小枝倉、早く帰ろう」と、彼女の手を取った。
「ひゃっ、ちょっと天人っち!」
 彼女の制止を振り切って、早足で歩く。
 危険だ。……何が危険なのかはよく分からないが、危険なんだ。
 顔面を切裂かれたという女性。それに、既視感(デジャヴ)を感じる。
 一瞬母親の顔が浮かんだ。
 奥歯を噛み締め、それを振り払う。

 小枝倉と寮に着いたのは午後の一時を回ったころだった。


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